第86章 真夏の船祭り
秀吉からの思わぬ労いの言葉に、千鶴は我知らず目頭が熱くなった。
じっと秀吉を見つめる潤んだ目には、熱っぽい光が宿っている。
「秀吉様っ…あの…」
ードオォン!バラバラッ…
「うわぁぁ…綺麗っ…!」
千鶴が躊躇いがちに秀吉に話しかけようとしたその時、大きな音とともに夜空に鮮やかな大輪の花火が打ち上がった。
屋台巡りに夢中になっていた結華の目も、一瞬で夜空に咲く光の華に釘付けになる。
「千鶴、見て!すごく綺麗だね。わぁ…また上がった!」
「ふふ…本当に…見事な花火ですね」
歓声を上げて花火に魅入る結華を微笑ましく見ながら、姫のその愛らしさに千鶴も口元を緩めていた。
結華を見守るように柔らかく微笑む千鶴を、秀吉は横目でチラリと見て、何故だかドキリと胸が騒いだ。
ドンドンという花火の音が小さく聞こえるほど、自分の胸の音が不自然に大きく聞こえていた。
(っ…何なんだ、急に……落ち着け…そうだ、御館様のご様子は…っと…おぉ!?)
皆が頭上の花火に夢中になり夜空を見上げる中、信長はといえば…朱里の腰に腕を回し、その華奢な身体を抱き寄せて、傍目にも熱烈な口付けの真っ最中であった。
(お、御館様っ…ちょっとは人目を気にして下さい…)
遠目からでも分かる二人のイチャイチャぶりに、見ている方が熱くなってしまい、思わず目を背ける。
が、目線を逸らした先に、夜空を見上げる結華の姿を見て、秀吉はまた慌てる。
(くっ…結華様の目に入っては一大事。教育上よろしくないものは見せられん…)
ささっと、忍びのような動きで移動し、結華の目線を遮るように立ち塞がった秀吉は、傍らで、夜空の花火には見向きもせず、熱っぽく自分を見つめている千鶴に気付く由もなかった。