第86章 真夏の船祭り
「お〜、来たかぁ、朱里。待ってたぞ〜」
「これはこれは…お熱いことだ。これでは、夏の暑さも吹き飛んでしまいますな」
「朱里、大丈夫?疲れてない?」
「御館様、朱里様、お席へどうぞ。間もなく船渡御が始まりますよ」
船上に上がるや否や、皆から温かく出迎えられて頬が緩む。
見回せば、船の上だというのに、沢山の屋台が設えられていて、美味しそうな匂いもしていた。
「わぁ!ねぇ、政宗、これって…」
信長様に抱かれたまま聞く私に、政宗はニヤッと悪戯っぽく笑ってみせる。
「驚いたか?お前は絶対屋台めぐりがしたいだろうからって、信長様が特別に設えられたんだ。何でも好きなもん取ってきてやるから、遠慮せず言えよ!」
(わざわざこんな気遣いを…)
「信長様っ…ありがとうございます」
「ん…食べ歩きというわけにはいかんが、船上でも祭りの雰囲気は楽しめるであろう?」
私を桟敷席に降ろしながら微笑む信長様の顔は、どこまでも優しげで、じんわりと胸の奥が熱くなる。
やがて、船渡御の始まりを告げる祭り囃子が、風に乗って聞こえてくる。涼やかな笛の音や、鈴や太鼓の鳴り物の音など、賑やかな中にも荘厳な音色が船上の祭りを彩る。
総勢100隻余の船団が、祭り囃子が響くなか、ゆっくりと動き始めた。
船は揺れも少なく、川面から吹き上がる風が清々しく心地良い。
昼間の暑さも和らぎ、かえって地上よりも涼しいぐらいだった。
祭り屋台の他にも、政宗が用意してくれた酒肴などもあり、武将たちは思い思いに酒を酌み交わしている。
「信長様、どうぞ」
盃を満たしながら、信長様の表情を窺うと、非常に満足そうなお顔をなさっている。
「たまにはこうして外で、貴様の酌で飲む酒も悪くないな。風が心地良くて、暑さも忘れるようだ」
「ええ、本当に…皆も楽しそうで、良い息抜きになりましたね」
家臣達が乗る船にも各々、酒と酒肴が振る舞われているらしい。
数多の船が大川を行き来し、船同士すれ違うたびに、賑やかで楽しそうな声が聞こえてくる。
船にはたくさんの提灯が飾られていて、川面を煌々と照らし出している。提灯の光が反射して、川がきらきらと煌めいている様子は非常に幻想的で、見ていて飽きることはなかった。