第86章 真夏の船祭り
船着場に着くと、川縁には多くの篝火が焚かれ、提灯なども彼方此方に飾られており、辺りは夜とは思えぬほど煌々とした光に包まれていた。
大川には、煌びやかな装飾を施された大小様々な船が100隻余りも停泊しており、その中でも道真公の御神霊を乗せた『御鳳輦奉安船(ごほうれんほうあんせん)』は一際美しく、神々しかった。
「わぁ…すごく綺麗っ…」
幻想的な光景に息を呑む私を満足そうに見てから、信長様は一隻の大きな御座船を指差す。
「あの船に乗るぞ。家康たちも先に行っているはずだ」
「はいっ!」
手を引かれて桟橋の近くまで来ると、その船の大きさと豪華さは他のものを圧倒し、際立っていた。
「……朱里」
「えっ…きゃっ!?」
ふわりと身体が浮いたかと思うと、信長様は私を軽々と抱き上げて桟橋を歩き始める。
「ここからは俺に運ばせろ。船の乗り降りは危ない。しっかり掴まっておれ」
「っ……はい」
(恥ずかしいけど…信長様の気遣いが嬉しい)
甘えるようにぎゅっと首に腕を回すと、信長様の首筋が薄っすらと赤くなったような気がした。
「ね、秀吉、父上と母上、ぎゅうってしてるね」
御館様が朱里を抱いて先に船に乗り込まれるのを、後ろで見ていた秀吉は、結華がこっそりと話しかけてくるのを微笑ましく見つめる。
「お父上とお母上は、いつまでも仲良しでいらっしゃいますな。どれ、結華様はこの秀吉めがお運び致しましょう。さぁ、どうぞ」
大きく腕を広げて待つと、小さな身体がぎゅうっと抱きついてくる。
(あぁ…俺はなんて幸せ者なんだ…)
「……秀吉?」
「はいっ!?」
「後で千鶴も運んであげてね!」
「へ?」
「ひ、姫様っ…何を仰るのです…す、すみません、秀吉様…」
「い、いや…」
慌てる千鶴とぽかんとした顔をする秀吉とを、交互に眺めてあどけなくニッコリと笑う結華。
そんな三人のやり取りを、先に行く信長と朱里は、知るよしもなかったのだった。