第86章 真夏の船祭り
支度が終わり、連れ立って玄関先へ行くと、私達を待つ信長様の姿があった。
逞しく引き締まった体躯に、涼やかな麻生地の浴衣を着て玄関先にすらりと立つ、その立ち姿は思わずドキッとするほどに色っぽかった。
黒地の浴衣の襟元は少し広めに寛げながらも、白鼠色の角帯をきっちりと締めておられる。
扇子で襟元に風を送りながらも、その端正なお顔には汗ひとつ浮いていない。
襟元からチラリと見える日焼けした首筋が、男らしい。
「信長様っ!」
「…来たか」
悪戯っぽく口角を上げて微笑まれて、胸の鼓動が更に忙しなくなる。
(っ…いつもと違うお姿だからかな、色気が半端ない…)
「今宵は信長様も浴衣をお召しなのですね。すごく素敵ですっ…目のやり場に困ります…けど」
チラチラと胸元に視線をやる私を見て、信長様は可笑しそうに笑う。
「陽が落ちて、暑さも幾分和らいだが、まだまだ暑い。今宵は家臣達にも皆、浴衣でよいと伝えてある。貴様らもよく似合っておる」
「ふふ…ありがとうございます」
「城の外へ出るのは久しぶりであろう?船着場まで抱いていってやろうか?」
いきなりぐいっと腕を引かれて胸元に抱き寄せられる。唇が触れそうな距離まで顔が近づいていた。
私の返事を聞くまでもなく、信長様はすぐにでも私を抱き上げそうだ。
「やっ…あの、皆が見ておりますので…」
(もぅ、信長様ったら…結華がいるのに…)
結華の視線が気になってチラッと窺うと、秀吉さんと千鶴が、結華の視線を隠すように立ち塞がっていた。
(わっ、二人とも息ぴったり…って感心してる場合じゃないっ)
「信長様…久しぶりだから私、信長様と二人でゆっくり歩きたいです。手を…繋いで下さいますか?」
腕の中から、じっと見つめて訴えてみる。
「ふっ…よかろう。貴様の願いは何でも叶えてやる」
容易いことだと言わんばかりだが、満更でもなさそうな信長様。
(っ…よかった。朝晩、抱いて運ばれるのが当たり前になっているとはいえ、外ではちょっと恥ずかし過ぎる…)
サッと差し出された手に手を重ねると、すぐに指先をしっかりと絡められる。
指先から信長様の熱がじんわりと伝わってきて、私は船着場に着くまでずっと、騒ぐ鼓動を抑えられなかった。