第86章 真夏の船祭り
天神祭の当日
夕闇が迫る頃、私は自室で結華に浴衣を着付けてやっていた。
私自身も、信長様が新しく仕立てて下さった浴衣に着替えていて、私達は夕方の船渡御から祭りに参加することになっていた。
本当は天満宮の境内で開かれている色々な屋台を巡ったりしたかったのだけれど、人出も多い場所を身重の身体で歩き回るのは良くないと、家康に釘を刺されてしまい、見物船に乗って祭礼の様子を見るのみとなったのだ。
(結華は、屋台めぐりしたかったよね。私に付き合わせちゃって悪いことしたな…船内ではちょっとした宴が催されるらしいけど…)
「はいっ、結華。出来たよ〜」
帯を結び終わって声をかけると、結華はもう、今すぐに駆け出しそうなぐらいに興奮している。
「千鶴、私も母上みたいに可愛い髪飾り付けたいっ!持ってきて」
「はい、姫様。一番のお気に入りのをお持ちしますわね」
傍らに控えて着付けを手伝ってくれていた、乳母の千鶴は髪飾りを取りに戻ろうと急いで部屋を出る。
「っ…きゃっ!」
「おっ?すまん、大丈夫か?」
「まぁ、秀吉様?」
急いでいた千鶴は、入り口で秀吉さんと鉢合わせしたみたいだ。
ぶつかったらしく、秀吉さんが慌てて千鶴の顔を覗き込んでいる。
「大丈夫、千鶴?…顔、赤いよ…どっか打った!?」
結華が駆け寄り、千鶴を心配そうに見遣っている。
「だ、大丈夫です、姫様。秀吉様、失礼致しました…い、急ぎますので……」
いつも冷静沈着な千鶴らしくなく、バタバタと廊下を駆けていく様子を不思議に思って見ていると、秀吉さんも千鶴の後ろ姿を心配そうに見ていたようだが、
「朱里、支度は済んだか?御館様がお待ちだぞ」
私達を迎えに来てくれたらしい秀吉さんは、新しい浴衣を身につけた結華を見て、早速に目を潤ませる。
「結華様っ、なんとお可愛らしいっ!何を着ておられても可愛らしいですが、今日の浴衣はまた一段とお似合いですな!」
「ありがとう!これ、父上が選んでくれたんだよ」
「おぉ!流石は御館様、女子の衣装の見立てにも、間違いがない」
(秀吉さんの、信長様への愛も間違いないと思う…)
秀吉さんは、信長様以上に結華を溺愛していて、普段から何かと気遣ってくれている。
結華は幼い頃から、武将たちにも可愛がられて育ってきたが、その中でも特に、秀吉さんには懐いているようだった。
