第86章 真夏の船祭り
「今年は御館様が大坂へ城移りされて初めての夏だ。加えて、先の備後での戦で家臣達の疲れも溜まっているところだ。
御館様は皆の慰労も兼ねて、この祭りを例年以上に盛大なものにできぬかとお考えで、天満宮の側もありがたい話だと乗り気になっててな。
それで、織田家から見物の船を多数出して、武士も町民も関係なく、皆で楽しもう、ってことになったんだ」
「そうなんだ…さすがは信長様だね」
地位や身分の違いに拘らず、皆が同じように祭りを楽しめるようにと……信長様のお考えはいつも、揺るぎなく真っ直ぐだ。
「朱里は懐妊中で、船に乗るのは何かと心配かもしれないけど…せっかくの機会だし、一緒に楽しめたらいいなと俺は思ってるよ。海と違って川船は、さほど揺れることもないだろうしな。結華も船に乗るのは初めてだろ?」
「秀吉さん…ありがとう。結華もきっと喜ぶと思う。私もぜひ見てみたいな」
家康から『絶対安静』と言われ、極力動かずに過ごして来たおかげか、体調は安定してきていた。
ここ最近は苦手な夏の暑さに食欲が落ち気味だったが、お祭りと聞くだけで、屋台のあれやこれやを思い浮かべて子供のようにワクワクしてしまう。
水上から見る花火も、どれほどに綺麗だろう。信長様と一緒に見れるなんて夢のようだ。
暑さのせいで、少し物事が億劫になりがちだった気持ちが、祭りへの期待で一気に華やいでいくようだった。
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その日の夜、いつものように迎えに来てくれた信長様の逞しい腕に抱かれて、天主に上がる。
信長様は、私の身体を揺らさぬようにゆっくりとした足取りで歩いてくれる。
その気遣いが嬉しくて、包まれている幸せを感じながら、胸元にそっと頬を擦り寄せた。
「……如何した?」
「ふふ…何だか嬉しくて」
「ん?」
「毎日、朝晩、こうして私を抱いて運んで下さってありがとうございます、信長様。お忙しい信長様と、短い時間でもこうして触れ合える時があって、私は幸せです」
「ふっ…貴様はそんな他愛もないことで喜ぶのだな。朱里、貴様のためなら俺は、俺の時間の全てをやってもよいとさえ思うというのに…」
熱っぽい目で見つめられ、甘く囁く声を耳奥へ注がれて、身体の奥が甘い疼きを覚える。
「んっ…それはダメっ…秀吉さんに叱られちゃいます」
(私だって信長様を独り占めしたいけど…)