第85章 黒い影
「光秀っ!てめぇ、これはどういうことだ?お前、いつの間にこんなところに……」
海上の戦いが収束した後、鉄甲船の船上へと上がった信長たちは、常と変わらず飄々とした態度で出迎えに現れた光秀と、久方ぶりの再会を果たしていた。
「光秀さん…来るなら来るって、言っといて下さいっ!」
「お前、遅れてきてイイとこ持ってったなぁ、光秀」
「光秀、大義であった。貴様の働き、見事なものであった」
「はっ!勿体ないお言葉です。御館様におかれましては、お怪我もなく、何よりでございました」
信長からの労いの言葉には、さすがの光秀もグッと胸に迫るものがあったらしい。平伏したまま、なかなか顔を上げなかった。
光秀らしくない、そんな姿には秀吉も胸が熱くなったが、だからといって勝手な行動は許されるものではない。
「光秀、お前、知ってたのか?元就が、生きていたこと」
「将軍の元へ潜入させていた久兵衛からの知らせでな。お前に伝えようにも、既に出陣した後だった。これは、俺が直接行かねば、との使命感に駆られてな」
「………で、牢破りして、九鬼水軍を独断で動かした、と?」
「なに、牢番に俺の身の上話をして、聞き賃を少々やったまでだ。堂々と鍵を開けて牢を出た。破ってはいない。水軍は堺で九鬼殿に『御館様の一大事』だと説明したら、二つ返事で出してくれたぞ」
「お前なぁ……」
苦々しい顔の秀吉とは対照的に、光秀は清々しい顔で何事もなかったかのように答える。
ようやく揃った、信長の右腕と左腕
蒼く広がる瀬戸の海の上で、織田軍の当たり前の風景がそこにはあった。
「光秀、義昭はどうした?捕らえたのか?」
信長の低く重厚な声は、皆に此度の戦の真の目的を思い出させるには充分だった。
「はっ、捕らえております。この場でご検分を?」
「ああ、落ちぶれたとはいえ将軍様だ。ご挨拶せねばな」
「畏まりました。連れて参ります」
光秀によって引き立てられてきた義昭は、戦時だというのに甲冑も着けぬ身体に縄を打たれており、信長を見るや否や、忌々しいものでも見るかのように顔を激しく歪めた。
「おのれ、信長っ!この無礼者めがっ…臣下の分際で、将軍に縄を打つとは、とんだ不届き者よの」
「くっ…相変わらずだな。もはや貴様は将軍などではない。帝の御意思により、今ここで貴様の将軍職は解かれるのだ」