第85章 黒い影
海上に広がる毛利水軍の小早船が、次々に木っ端微塵に打ち砕かれて火を噴いている。
船団の中心にいた異国船からも、煙が上がっていた。
「なっ…船が…燃えてる!?っ…どこからの攻撃だ…」
信長と同様に、海の方へと視線を向けた元就は、予想外の光景に息を呑む。
ドンドンと鳴り響く轟音は、大筒の攻撃だろう。
絶え間なく撃ち込まれる大筒の攻撃に、慌てふためいているせいなのか、毛利軍による焙烙火矢の攻撃はパタリと止んでいた。
攻撃を受ける毛利水軍の背後から姿を現したのは……毛利の船団を遥かに上回る規模の巨大な鉄甲船団だった。
黒光りする鉄張りの船体を晒し、複数の発射台から大筒が絶え間なく火を噴いている様子は、圧巻だった。
「チッ、まさか九鬼の水軍を呼んでやがったとはな」
苦々しい口調で吐き捨てた元就の目に、次々と海に沈められていく小早船の頼りなげな姿が飛び込んでくる。
巨人の如き鉄甲船に呆気なく囲まれた異国船の、船上では織田軍の兵達が乗り移り、早くも白兵戦が始まっているようだった。
(くっ…潮時か…あの様子じゃ、義昭はすぐ捕まるだろう。彼奴と心中する気はねぇ)
「仕切り直しだ。お前との決着は、いずれはっきりつけてやる」
「……逃げるのか、元就?」
背を向けた元就に、信長は嘲るような冷たい声で呼びかける。
「将軍様に殉じる義理はねぇよ。彼奴がどうなろうと、知ったこっちゃねぇ。好きにしろ」
一方的に攻められている異国船にチラリと冷たい視線を送った後、どこからともなく現れた馬に躊躇いなく跨った元就は、次の瞬間、もう駆けていた。
(相変わらず逃げ足の早い男だ。将軍のみならず、自身の船も躊躇いなく捨てるとはな…)
「御館様ーっ!」
刀を鞘に戻していると、バタバタと駆け寄ってくる聞き慣れた足音が聞こえた。
「戻ったか、秀吉」
「はっ、城内はもぬけの殻で…っ…これは一体…」
我が物顔で瀬戸の海を制し、ドォンドォンと派手な音を立てて火を噴く大筒を備えた黒い鉄甲船を、食い入るように見つめながら訝しげな声を上げる。
「っ…水軍など、誰が指揮を…」
「くくっ…こんな無茶苦茶をやるのは、奴しかおらんだろう?俺の左腕は、俺の意思とは無関係に動くらしい。全く…困った身体だ」
「なっ……」