第85章 黒い影
ーキンッ!
素早く飛び退いて信長の一撃を避けた元就は、間髪入れずに信長の頭上に刀を振り下ろすが、信長はそれを易々と受け止める。
刀がぶつかり合う硬い金属音が響き渡った。
「はっ…天下布武なんてふざけたもんのせいで、最近は大きな祭りがとんと無くなっちまってたが……魔王の腕は鈍ってねぇみたいだな」
「吐かせっ…貴様とはいずれ決着をつけねばと思っていた。本能寺のあの炎の中、よくぞ生きておった、と褒めてやろう。ここできっちり、俺が貴様の息の根を止めてやるわ」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」
言葉の応酬と同時に、激しい刀の撃ち合いが行われ、二人の間には何人も割って入ることができない緊張が走る。
海上の船から投げ込まれる焙烙火矢の勢いは止むことなく、刃を交える二人のすぐ傍でも、火矢から燃え移った炎が轟々と立ち上っている。
「っ……」
両者一歩も譲らぬ激しい剣戟が繰り広げられるうち、二人とも次第に息も上がり始めていた。
元就の撃ち下ろす刃を受け止めていた信長の腕を、燃え盛る火矢が掠める。
僅かに揺らいだ信長の隙を、元就は見逃さなかった。
交わった刀を力任せに押し切って、信長の胴を蹴り、その体勢を崩させると、素早くその喉元に刀の切っ先を突き付けた。
鉛色の刃先がギラリと鈍い光を放つ。
「くっ……」
「……終わりだな」
元就の紅い瞳が残酷な色を帯び、信長の首に冷たい刃がヒヤリと触れた、その時だった。
ードンッ!ドォン!ドォン!
激しい地響きのような轟音と地面が揺れるような感覚に、元就の持つ刀が僅かに揺れる。
「っ…何だ…何の音だ!?」
元就が動揺した隙を突き、素早く体勢を立て直した信長は、刀を構えたままで、轟音が鳴り続ける先、海の方へとゆっくりと目を向けた。
それは………思わず目を疑う光景だった。