第85章 黒い影
燃えるような紅い瞳をぎらつかせた男は、信長にピタリと銃口を向けて立っていた。
「……元就、やはり貴様か。死に損ないが性懲りもなく、また地獄から舞い戻ったか。義昭はどうした?貴様が、将軍などというつまらぬ者に媚びへつらうとはな…失望したぞ」
「はっ…俺はお前を討つためなら、利用できるものは何でも利用するんだよ。役に立たなくなりゃ、将軍だろうが何だろうが、とっとと捨てるまでだ」
残忍な笑みを浮かべて吐き捨てる元就に、信長は顔を顰める。
「御館様っ、お下がり下さいっ!」
銃声を聞いて駆けつけてきた家臣達が、信長を守らんと二人の間に立ち塞がろうとするのを、すかさず元就の銃が火を噴く。
「ぐわっ!」「ぐうぅ!?」
続けざまの銃声が鳴り響き、撃たれた家臣達はその場に倒れ伏す。
「雑魚は引っ込んでな。用があるのはお前だけだ…抜けよ、信長。今度こそ決着つけてやる」
「くくっ…よかろう。相手をしてやる」
腰の刀に手を伸ばし、流れるような仕草で刀身をスラリと鞘から引き抜いた信長の目は、獲物を狙う獣のように爛々と輝きを放っていた。
「っ…信長様っ!」
「家康、貴様は下がって陣を立て直せ。城へ向かった秀吉と政宗が戻ってくるまで、ここを死守しろ」
「くっ……」
こうしている間にも、次々と火矢が降ってきており、周囲はもはや混乱を極めている。
毛利軍は、海上から正確に狙って撃ってきていたが、こちらからは撃ち返しようがなく、防戦一方だった。
早急に火矢が届かないところまで下がらなければ、織田軍は大きな被害を被ることになるだろう。
(こちらにも水軍の用意があれば……)
グッと唇を噛む家康に、信長の鋭い叱責が飛ぶ。
「もたもたするな、家康。早く行けっ!」
「っ…はいっ!」
弾かれたようにその場を走り去る家康を横目に見て、信長は刀を構えたまま、目の前の元就を冷たく凍った目で睨みつける。
元就もまた、今は小銃ではなく刀を構えていた。
(義昭は、あの異国船に乗っているのか…万が一の時、逃げられると厄介だな。全く…元就め、やってくれるわ…)
互いに睨み合ったまま、ジリジリと距離を詰め……先に動いたのは信長の方だった。
早い動きで一気に距離を詰めると、元就の腹を目掛けて横一閃に刀を薙ぎ払った。