第85章 黒い影
「こ、このように昂ったままでは、明日のご出陣に差し障りますっ!」
「なっ…そのようなことは…」
「あります!」
キッと目線を鋭くして見つめる私の気迫に、信長様は気圧されたように押し黙る。
本来、出陣前の男女の交わりは御法度だとされている。
出陣の三日前から、武将は身を清め、男女の交わりを断ち、精進潔斎するのが慣わしで、この戒めを破った者は討ち死にするなどと言われている。
しかし、迷信や言い伝えの類いを一切信じない信長様は、当然のことながら、この戒めを守られたことはなかった。
これまで、出陣の前の夜は、離れている時が惜しいとばかりに、いつも以上に濃厚に愛を注がれて……戒めなどお構いなしに、満たされた夜を過ごしていた。
(だからこそ…こんな不完全燃焼みたいな状態は良くないはず。すっきりとした心持ちでご出陣頂かなくては……)
決意を新たに、信長様の夜着の腰紐に手を伸ばすと、迷うことなくシュルリと一気に解き、夜着の裾をはだけさせた。
窮屈そうに、こんもりと下帯を持ち上げている男根が見えて、思わずコクリと喉が鳴ってしまう。
信長様のソレを見るのは、本当に久しぶりだった。
お腹の子のため、深い交わりを避けるようになってから、信長様からは手や口での愛撫も求められていなかった。
私に対しては、軽いものから深いものまで、全身余す所なく愛情たっぷりな口づけを施して下さりながらも、男の欲を満たす行為はなさらないまま、最後はただ寄り添って眠るだけだった。
常に私の身体を気遣ってくださり、ご自分の快楽のみを優先されるようなことはなさらなかったのだ。
子が流れかけた後で己の身体が自由にならなかった私は、その信長様の優しさと気遣いに、いつの間にか甘えてしまっていた。
(信長様はいつだって私を優先してくれるけど、私はそれに甘えてばかりだ。ずっと我慢して下さっているんだもの…今宵は私が貴方の全てを満たしてあげたい)