第85章 黒い影
薄暗い牢から明るい日の光の下へ出ると、一瞬くらりと目眩を覚えてふらついてしまった。
「っ…朱里っ、大丈夫か?」
慌てて肩を支えてくれる秀吉さんに身を預けて、少し乱れた息を整える。
(情けないな、これぐらいで。子が流れかけてから、部屋の中に籠ってばかりいるせいだ…)
家康から『絶対安静』を言い渡されたこともあり、床上げしてからも一日中部屋の中で過ごしている。
たまには外の空気を吸いたいと思い庭に出ていたら、信長様に見つかって、すぐに抱き上げられてしまったこともある。
(その後は、私を横抱きにしたまま散歩して下さったっけ…うぅ、思い出したら何だか恥ずかしいっ…)
侍女たちも気を遣って、私が歩き回ったりしないですむようにと考えてくれているらしく、箸より重い物を持たせてもらえないほどの異常なぐらいの過保護ぶりなのだ。
私もいつの間にかその生活に慣れてしまっていたらしく、今日も久しぶりに部屋の外へ出たら、このザマだ。
目に見えて体力の落ちた自分が情けなかった。
(すぐに戦が始まるっていうのに、しっかりしなくちゃ…)
心配そうに私の顔色を窺う秀吉さんに申し訳なくて、なるべく元気そうな声を出す。
「ごめん、秀吉さん。大丈夫、ちょっと目が眩んだだけだから心配しないで」
「朱里…無茶するなよ。光秀も言ってたが、お前に何かあったら御館様とてどうなることか……。まぁ、でもお前には感謝してる。ありがとな」
「えっ?」
「お前が光秀に会いに行かなかったら、あいつの本音は聞けなかった。俺がいくら問い詰めたところで、素直に答える奴じゃない。一人で泥被って、疑われて、汚れ仕事も平気な顔してやっちまう奴だからな、あいつは」
「秀吉さん……」
「さぁ、俺は戦の準備にかかるよ。あいつの計略が上手く回るように、俺たちに出来ることをやるだけだ。今度こそ、確実に義昭を討つ。御館様も必ずお守りする。だから…お前はこの城で、皆の帰りを待っていてくれ」
光秀さんの本音に触れられて、秀吉さんは抱えていた色々な思いが吹っ切れたみたいだった。
迷いのないすっきりとした顔で、真っ直ぐ前を見据える秀吉さんを隣で見守りながら、私もまた、新たな戦いの幕開けにそっと気持ちを引き締めた。