第85章 黒い影
牢の柵越しに、光秀さんの研ぎ澄まされた視線が私へと突き刺さった。いつもの人を揶揄うような読めない笑みはなく、探るような眼差しには容赦がない。
(素の光秀さんは、こういう厳しい目をする人なんだ……怖いけど、ここで引いたら来た意味がない)
精一杯の勇気を奮い立たせてお腹に力を入れると、私は光秀さんを見つめ返した。
「三成くんに聞きました。尋問に黙秘を貫いているそうですね」
「だったらどうした?」
突き放したように言う光秀さんに、怯みそうになるけれど、グッと拳を握り気持ちを奮い立たせる。
「私は……本当のことが知りたいんです。光秀さんが何を思って今回のようなことをしたのか。貴方の真実が知りたいんです」
「ふっ…真実だと?俺には、そんなものはない。お前も知っていよう?俺が偽りと謀り事に塗れた男だということを……」
「それは…本当の貴方ではないでしょう?これまでの貴方の謀り事は全て、信長様の大望を実現するためのものでした。貴方の嘘は、優しい嘘ばかりだった。信長様を…私を…いつだって守ってくれていたじゃないですか。今回のことも…もしかして何か、一人で考えていることがあるんじゃないですか?」
「……………」
光秀さんの冷めた目が一瞬だけだけど、揺れたような気がした。
(光秀さんの真実に、ほんの少しだけど触れられただろうか…)
「光秀さんっ…正直に話して下さいっ!私にじゃなくてもいいから…せめて秀吉さんには……貴方のことを信じさせて下さいっ!」
「秀吉に……?」
「秀吉さんは、表にはほとんど出さないけど、光秀さんをすごく心配してます。心配って言葉じゃ片付かないほど、色んな思いを抱えてるように見えます」
「っ………」
「まもなく戦になると聞いています。朝廷からの将軍征伐の勅命を奉じた大きな戦だと……その場に光秀さんがいないのは、織田軍にとって大きな痛手です」
「ふっ…これは身に余る評価を頂き、痛み入る。だが…御館様のお傍に秀吉がおる限り、織田軍は安泰だ。それに…俺が投獄されたことで、軍内部の結束はより強まっているはずだと思うが?くくっ…それもまた真実だ。
俺はこの牢の中から、せいぜい高見の見物をさせて頂くとする」
「光秀さんっ………」