第85章 黒い影
腹の底に響くような声で怒りを露わにする秀吉は、今にも真木島に跳びかかりそうだった。
負傷した腕からは血が止まることなく流れ落ちており、傷は決して浅いものではなかったが、怒りの感情が怪我の痛みすら忘れさせているようだった。
「城に戻り次第、お前に指示した者の名を吐かせてやる。それまでは、死ぬことも許してやらねえ。天下人の暗殺を企てたことが明らかになれば、お前の主もタダでは済まねぇぞ」
「っ………好きにするが良い。この襲撃を手引きしたお前らの身内も、道連れにしてくれるわ」
「…………何?」
「明智光秀………奴の御殿を調べることだ。私と交わした密書が出てくる」
「………っ、何を馬鹿な…」
「やはりか!光秀殿は謀叛を企てていたのだなっ!」
「何を考えておられるのか、さっぱり分からぬ御仁だが…御館様の御命を狙うなど、とんだ不届き者だっ!」
「許し難いっ! 即刻、取り調べて吊し上げねばっ!」
真木島の言葉を聞いた周りの家臣たちは、顔色を変え、口々に光秀に対する非難の声を上げ始める。
辺りがざわつき始め、織田軍の間に動揺が広がっていく。
家臣たちの、光秀を罵る言葉を黙って聞きながらも、秀吉の心もまた激しい動揺に襲われていた。
最後に光秀と交わした会話が頭の中で蘇ってくる。
(光秀が御館様に謀叛だと…?嘘だっ!そんな…そんなことは有り得ねぇ…だが、あいつは俺の疑いを否定しなかった。いや…でも、あいつは、そんな奴じゃ……)
(.光秀は今、どこにいるのだろうか。
今朝は登城していなかったから自分の御殿か…それとも、また京へ戻ったのか……何にせよ、早くあいつに会って話をしなくては…)
「静まれ、貴様ら」
「っ………失礼致しました」
信長の、周囲のものが凍りつくような冷たい一声で、辺りは不自然なほど静まり返った。
「くくく……はははっ………」
織田軍が顔を見合わせる中、薄暗い森の中に真木島の高笑いだけが不気味に響き渡った。