第85章 黒い影
「何者か知らないが……全員、地に這いつくばらせ、詫びさせる。お前達が楯突いたのがどんな御方か、その身を持って思い知れ」
「何を生意気な………っ」
「蹴散らせ! 敵は信長ひとりのみ!」
秀吉の尋常でない眼光に押された敵は、陣形の中央にいる信長の方へと回り込もうとする。
「行かせるか!」
「ぐわ………!?」
秀吉は息も吐かずに刀を振るい、敵を地面に叩き付けていく。
その力強く荒々しい剣捌きは、普段の人好きのする温厚さの欠片もない。
秀吉の鬼気迫る戦い振りに、気圧されたように後退する刺客たち。
「臆するな! こちらの手勢は相手の三倍、恐るるに足らず!」
「っ………」
数人の敵が刀を振り上げ、秀吉目がけて突進した。
「一度戻れ、秀吉」
「必要ありません」
敵三人が一斉に振り降ろした凶刃を、秀吉は一刀で受けた。腕一本で押し返す傍ら、横からさらに一人、敵が刀を手に斬りかかる。
「まだまだ……!」
「いや、終わりだ」
横合いから繰り出された刀を見もせずに、秀吉は片腕を打ち振るう。
迷いもなく刀を腕で払いのけ、そのまま拳を敵の腹部に叩き込んだ。
「か、は……っ」
刀を取り落とした敵の半身が、馬のたてがみに沈む。
それと同時に、刃に触れた秀吉の腕から鮮血が滴った。
一歩間違ったら、肘から下を失っていたかもしれない、その無謀さに敵は明らかに怯む。
「何と………っ」
「お前、捨て身か‥……!?」
「腕一本、御館様のお命に比べれば遥かに安い。たとえ死んでも、ここは通さねえ。お前ら全員、道連れだ。大人しくその首、置いていけ」
「ひっ………っ」
敵が怯んだ隙をつき、秀吉は刀を大振りし、受けていた刃を弾き返す。一閃で薙ぎ倒され落馬した敵は、土ぼこりに紛れて消えていった。
攻撃を一身に受けながらも、馬上の秀吉は、宣言どおり一歩も敵を進ませなかった。周りを見回すと、織田軍が敵を圧倒し、手勢の数が逆転している。
「御館様に矢を射掛けた罪、死しても償いきれないと思えっ!」
「くっ……退け、退けーーっ!」
悲鳴を上げ、敵が散り散りに逃走を始める。
ほっとひと息吐く暇もなく、秀吉は部下たちに指示をし始めた。
「追うぞ、一人たりとも生きて返すな」
「はっ!」