第85章 黒い影
それから数日後の朝
「信長様、今日は城外へ出られるのですか?」
朝の支度を手伝いながら、信長様に声をかけると、羽織の襟を整えていた私の手をふわりと大きな手が包み込む。
「あぁ…兵どもの訓練の視察でな」
チュッと指先に口づけが落ちる。
「んっ…やっ、あの…今日は暑くなりそうですから……お気をつけて…んんっ…ああっ…」
ーちゅううぅ……ちゅぷっ…
舌先を絡めながら、ちゅぷちゅぷっと指を舐められて、頭の芯が痺れるような快感に襲われる。
指を口内に出し挿れしながら熱っぽい目で見つめられて、朝だというのに身体の奥がズグっと疼いてしまう。
「っ…あっ、ん…信長さまっ…何を…」
「くくっ…起きたばかりで腹が減っておる。朝餉の前に、少し貴様を喰わせろ」
「あっ…そんなぁ…」
指先を舐めていた唇を、ちゅぽっと淫靡な音を立てて離すと、次には、すかさず顎に手をかけて唇を塞ぐ。
最初はチュッチュッと啄むように軽く口づけ、惚けたように微かに開いた口唇を舐め割って舌を挿れると、深く深く絡め取った。
「んんっ…はぁ…やっ、うっ…」
すぐにくったりと力が抜けたように身を預ける朱里の腰を、腹を圧迫せぬように気を付けながら支えつつ、信長は己の欲の深さに呆れてもいた。
(駄目だと分かっていても、触れずにはおられん)
朱里が床上げしてから、こうして何かにつけて、軽い、いや…時に深い触れ合いを重ねている。
朱里の息が乱れるほどに深く求めてしまい、その結果……
ーポコンッ!
「っ……(またか…)」
もはや、こうして赤子に蹴られることもお約束になっている。
(産まれる前から、この俺を牽制するとは…いい度胸をしておるわ)
「っ…はぁ…もぅ、ダメですよ、信長様」
上目遣いでキッと睨む愛らしい仕草に、再び欲が暴れ出しそうになるのを何とか抑えて、口の端を上げてみせる。
「分かっておる。此奴にも叱られたしな…」
そっと身体を離し、腹の上を優しく撫でてやる。
気が済んだのか、今度は大人しくしているようだ。
朱里と腹の中の赤子と、時に結華も交えて過ごす、このような他愛のない時間は、戦の気配が近づくにつれ張り詰めてくる信長の心を癒やしていた。