第85章 黒い影
(ん…暖かい…もう、朝…?)
身体に暑いぐらいの熱を感じて身動ぎすると、寝所の中にはいつの間にか明るい陽射しが射し込んでいた。
(私…朝まで寝ちゃってたんだ……って、えっ、信長様っ!?)
寝返りを打った拍子に振り向くと、背中の後ろに信長様が横になっていた。
「の、信長様っ…何故こんなところでお休みに…」
「ん……しゅり…?」
珍しい…寝惚けていらっしゃるのだろうか、気怠げな少し掠れた声で名を呼ばれたかと思うと、背中からギュウっと抱き締められる。
幼子が甘えるように、首元にスリスリと頬を擦りつけられ、擽ったくて堪らない。
首筋には信長様の吐息がかかり、かぁっと身体が熱くなった。
(やっ、んっ…本当に…寝惚けておられるのかしら??どうしよう…)
「んんっ…信長さま、あのっ…起きてっ…」
「…………起きてる」
「…………へ?」
絡まる腕がゆっくりと緩まったかと思うと、クルリと身体を反転させられた。
「………おはよう、朱里」
目の前には、悪戯っぽく口角を上げて微笑む愛しい人の顔があって、見ただけでドキドキと胸の鼓動がうるさく騒ぎ始める。
「おはようございます………じゃなくて、何故ここでお休みなんですか??」
「あぁ…昨夜は軍議が長引いて遅くなった。迎えに来たら貴様はもう眠っておったからな。貴様の傍で少し休むつもりが、朝まで眠ってしまったようだな」
「そんな…こんな固い床で直にお休みになるなど、お身体に悪いですよ」
「はっ、そんな心配はいらん。朝までよく眠れたぞ。やはり貴様が隣におるのとおらんのとでは、全然違うな」
チュッと額に口づけが落とされて、触れられた箇所がじわりと熱くなる。
「んっ…もぅ…」
(目が覚めて隣に信長様がいてくれて嬉しかったけど…こんなところで眠ってしまわれるなんて、よほどお疲れだったんだわ。
昨夜は夕餉前からずっと軍議をなさってたし…また何かあるのかしら……)
「朱里?どうかしたか?」
不安そうに眉を顰める私の微かな変化にも、信長様はすぐに気付いて気にかけてくれる。
そんな風に大事にされるのは嬉しい…けれど、信長様の疲れを癒してあげられない自分の身体が歯痒い。
「………今宵も遅くなりそうですか?今宵は私…どんなに遅くなっても、待ってます」
愛しい気持ちを伝えたくて、自分からそっと身を寄せた。