第84章 星に願いを
「信長様、逢いにきて下さって嬉しいです。でも…よかったのですか?宴、先に抜けてこられて…」
城の者は皆、城主である信長様を慕っているから、宴ではいつも信長様の周りにお酌の列ができるほどなのだ。
信長様が早々に退席されたら、宴が白けてしまわぬだろうか……。
「構わん。今宵は無礼講だ、魔王がおらぬ方が皆、ハメを外せてよかろう?くくっ…」
「ふふ…信長様ったら…」
ふわっと愉しげに微笑む顔が、この上なく愛おしい。
冷えた身体で褥に横たわっておらねば、平常と何ら変わらぬ様子なのに…とツキッと胸が痛んだが、朱里に心の内を悟られまいと、口角を上げてみせる。
「それに、今宵は七夕だ。生憎、ここからでは天の川は見せてやれぬが、織姫と彦星の如く、貴様と二人だけで逢瀬がしたいと思ってな」
「まぁ……あっ、それは……」
信長が手にしていたものを見て、朱里は驚きで目をパチパチと瞬かせる。
短冊と笹飾りが付いた小さな笹竹
短冊は紫色と白色の二枚……書いてある字がこちらからでは見えないが、あれは多分、信長様と私が書いた短冊だ。
二枚の短冊は、仲睦まじく寄り添うようにして笹の葉に結ばれていた。
「っ…信長様、これ…」
「ふっ…二人だけの七夕だ。朱里…俺の願いは、この命尽きる時まで貴様と共にあることだ。
貴様も、結華も、腹の子も…俺が必ず守る。もう何も心配せずともよい」
朱里の顔がくしゃりと崩れ、堰を切ったように、抑えていた言葉が溢れ出す。
「っ…うっ…信長さまっ…私っ…私のせいで御子が…どうしよう、この子、動かないのっ…いつもみたいにお腹も蹴ってくれないのっ…」
「っ…子は無事だと、家康は言っておったぞ」
「じゃあ何で?何で動かないのっ…信長さまっ…どうして?」
「落ち着け、朱里。そのように動いては身体に障る」
取り乱して身を起こそうとする朱里を抑えながら、その身体をふわりと包み込むように抱き締める。
胸元に抱き寄せて、宥めるように頭を撫でた。
朱里は泣いているのだろうか…抱き寄せた胸元にじんわりと雫が染みていく。
子が動いていない、などとは聞いていなかった。
誰にも言えずに、一人で不安になっていたのだろうか。
そんなことにも気付いてやれず、俺は…朱里の何を見ていたのか。