第84章 星に願いを
「秀吉、俺は先に終いにするが、今宵は無礼講だ…皆は存分に愉しむがよい」
「はっ!御館様は、この後は…」
「ん…朱里を見舞ってから、天主へ戻る」
「……畏まりました。ごゆるりとお休み下さいませ」
去っていく信長を皆で平伏して見送った後、再び酒宴の喧騒に包まれながら、秀吉は夜空を見上げる。
雲一つない夜空には無数の星が瞬き、天の川らしき光の帯も見えた。
澄んだ空に輝く美しい星を眺めていると、心まで澄み渡るようだった。
(朱里は、天の川を見るのも楽しみにしてたな…見られなくて、きっと残念がっているだろう。
この満天の星空は見られなくても、御館様と二人きりの逢瀬を楽しめるといいが………織姫と彦星のように)
「朱里……俺だ、入るぞ」
宴の喧騒から抜けて奥御殿へ向かうと、そこはあまりにも静かだった。
まだ、さほど遅い時間ではないが、もう眠ってしまったのだろうかと思いつつ、そっと襖を開いた。
「……信長様?」
怪訝そうな声が聞こえるも、まだ起きていたかと、ホッと安堵の息を吐く。
それほどに、朱里に逢いたかった。
「信長様…どうなさったのですか?まだ早い時間ですけど、もう宴はお終いに?」
「いや、先に抜けてきた。宴はまだ続いておる。具合はどうだ?夕餉は食べられたか?」
すぐさま褥の傍に寄ると、横たわる朱里の頬に触れる。
身体は、相変わらず冷たく冷えているようだ。
「はい…夕餉は温かいお素麺だったんですけど…ふふ…七夕らしく星が入ってましたよ。信長様も召し上がられましたか?」
「ん?あぁ…宴で出されたのは、冷たい素麺だったがな。七夕らしく、政宗が趣向を凝らした料理だ」
天の川に見立てた素麺の上に、星形に切られた野菜がのっているという、涼やかで目を楽しませる料理だったが、政宗は朱里の身体を冷やさぬよう、温かいものを用意してくれたようだった。
夕餉は手ずから食べさせてやれなかったが、政宗の気遣いで七夕らしい雰囲気を楽しめたようだ。
本物の天の川を見るのも楽しみにしていたのだが、出血が止まるまでは『絶対安静』らしく、褥から起きられぬ今は、それは叶えてやれぬことだった。
あれほどに楽しみにしていた宴にも出られず、満天の星が瞬く星空すら見ることができない。
ならばせめて……少しでも七夕らしさを感じさせてやりたかった。