第84章 星に願いを
褥の上で身体を起こすと、信長様がすぐさま背中を支えてくれる。
(食欲はないけど…今は少しでも食べて体力つけなくちゃ…)
自分でも、昨日一日で急に弱くなってしまった気がする。
出血は少量で、身体に影響するほどではないと思うのだが、何より気持ちの方が急激に弱くなっている。
箸を取るために膳の上に伸ばそうとした私の手を、信長様が横からサッと押さえる。
「えっ?あのっ……」
「俺が食わせてやる。貴様は口を開けるだけでよい。『絶対安静』だと、家康から言われておるからな」
「えええっ…やっ、お箸ぐらい持てますよ、私」
「ならん……ほら、口を開けよ」
ホカホカと温かな湯気の立つお粥を匙でひと掬いすると、ふぅふぅと息を吹きかけて冷ましてから、私の口元へと運んでくれる。
(やっ…信長様ったら…可愛いっ…)
ふぅふぅと息を吹く顔が新鮮で可愛くて、思わずキュンっと胸がときめいてしまう。
自分が、看病してもらっている立場だということを、不謹慎にも忘れるぐらい、信長様のその仕草は魅力的だった。
「…?何を惚けた顔をしておる?早く、口を開けよ」
粥の乗った匙で、チョンっと唇を突かれて、慌てて口を開けると、意外にも、匙はそおっと優しく口内へと運ばれた。
信長様は一見荒々しく見えるが、実は凄く繊細な人なのだ。
程よく冷まされたお粥は、卵が入っていて優しい味だった。
喉を通り、胃の腑へと落ちていくと、心も身体もほっこりと温まっていく。
「ん、美味しいです」
「…そうか。ならば、もっと食べよ」
私の様子を見ながらお粥を差し出してくれる、信長様のさり気ない気遣いが嬉しかった。
子供のように食べさせてもらうなんて恥ずかしいと思っていた気持ちは、いつの間にか消えていて、信長様の優しさに包まれて幸せな朝餉の時間を過ごせていた。
「全部食べられたか…また昼餉の時も食わせてやる。夜は…無理か、今宵は宴があるゆえな…」
(そうだった、今日は七夕…信長様と一緒に天の川を見たかったけど、ダメになっちゃったな…)
色とりどりの七夕飾りが風に揺れる様子が目に浮かぶ。
「私のことはお気になさらず…皆にも楽しんでもらって下さいね」
「ああ…」
信長様は、少し翳りを帯びた表情で私を心配そうに見つめていたが、やがて、優しく、何度も髪を撫でてから、朝の軍議へと向かわれたのだった。