第84章 星に願いを
部屋に射し込む暖かな陽射しと、チチチッと軽やかな鳴き声で鳴く小鳥の囀りに、朝の訪れを感じる。
(ん……鳥の声?もう…朝なの?)
ずしりと重たい目蓋を気力で持ち上げた私は、聞き慣れぬ鳥の声を怪訝に思いながら、重たい頭を巡らせる。
(あっ…ここ…天主じゃないんだ…だから…)
天高く聳え立つ天主には、小鳥たちはあまり訪れないのか、朝の目覚めに鳥の声を聞くことは少ないのだ。
更には、横たわるのが、いつもの寝台ではないことに気づき、いつもは隣に感じる愛しい人の温もりがないことにも、急速に心が冷えていく。
(信長様っ…昨日はあれから逢えてない。こんなことになってしまって……どんな顔して逢えばいいんだろう)
壊れものを扱うように私に触れる信長様の心配そうな顔が、頭から離れない。
信長様との大事な御子を危険に晒してしまって、自分が情けない。
お腹に手を当てて、そおっと撫でてみる。
膨らみは変わらずそのままなのに、お腹の中の子は未だ動いてくれない。
「っ…おはよう。まだ眠ってるのかな。ねぇ……起きて?いつもみたいに蹴って?」
(痛みは治まったのに……どうして動いてくれないんだろう…どうして……)
昨日は、家康の診察の後、産婆さんにも診てもらった。
出血はまだ続いてるけど、お腹の子は無事だと言われたのに……不安で仕方がない。
今この時も、お腹の中で子が苦しい思いをしているかもしれない、と考えれば考えるほど、胸が苦しくなる。
(ごめんね…ごめんなさい…絶対に守るからね。苦しい思いは二度とさせないから……)
この子を守れるなら、どんなことでもするつもりだった。
家康からは『安静にするしかない』って言われたけど、この子の為になるなら、産まれるまでずっと褥から起き上がれなくてもいいとさえ思っていた。
(あなたを無事に産めるなら、私はどうなってもいい……)
医学には限界がある。お産は命懸けだ。
懐妊で命を落とす女子も多いこの世では、無事に子を産み落とすことは奇跡にも近いことなのだ。
それなのに私は……自分のせいで子を危険に晒してしまった。
自分の浅はかさは、悔やんでも悔やみきれない。
だから…自分の身を犠牲にしてでも、この子だけは…信長様の大切な御子だけは…絶対に守りたかった。