第84章 星に願いを
翌朝、結局一睡も出来ず、明け方近くに少し微睡んだだけで、部屋が明るくなる前には、信長は身支度を整えていた。
「おはようございます、御館様。お目覚めでしょうか?」
いつもと変わらぬ朝の挨拶を聞いて寝所を出ると、沈痛な面持ちで目を伏せる秀吉の姿があった。
「御館様、あの…」
「朝から辛気臭い顔をするな。貴様が落ち込んでも仕方あるまい」
「はっ、申し訳ございませんっ…」
秀吉から、いつもどおりの朝の報告と今日の予定を聞きながらも、信長の心はどこか物足りなさを感じていた。
朱里と共に目覚める満ち足りた朝と比べると、まるで程遠い。
「……本日は以上です。あの、御館様、今宵の七夕祝いの宴の件ですが…如何致しましょう?取り止めた方が宜しいでしょうか?」
「っ…いや、もう色々と準備も済んでおるのだろう?朱里も…楽しみにしておった。あやつは出られぬが…中止になれば悲しむはずだからな……予定通り執り行うがよい」
「はっ!……御館様、朱里の様子は…吾子様は…」
「まだ何とも言えん。家康の奴め、ただ安静にするしかないなどと言いおって……効く薬があるのなら、どんな手を使ってでも、俺が手に入れてやるのに…」
グッと唇を噛み締める信長を、秀吉もまた辛そうに見守るしかなかった。
昨日まで、楽しげに七夕祝いの準備をしていた朱里。
皆が、細やかながらも星に願い、城内も、この上ない幸福感に満ち溢れていた。
それが…一転して、このような不幸に見舞われるとは……神も仏もなんと無慈悲なのだろうか。
「秀吉、くれぐれもそのような顔を朱里に見せるでないぞ。腹の子のことは、まだどうなるか分からんのだからな」
「くっ…はいっ…」
秀吉が退出していった後、暫くその場で物想いに耽っていた信長だったが、はぁ…っと一つ大きく溜め息を吐くと、足取りも重く、朱里のいる奥御殿へと向かうのだった。