第84章 星に願いを
私が落ち着きを取り戻すまで、信長様は私を胸元に抱き締めたままでいてくれた。
信長様の少し高めの体温が、緊張で固く張り詰めていた私の心をゆっくりと溶かしてくれる。
「信長様…ごめんなさい。もう、大丈夫です」
「ん…では、部屋へ戻るぞ………あぁ、短冊か…貸せ、俺が結んでやる」
踏み台を踏み外した拍子に懐から落ちた私の短冊を、信長様はサッと拾いあげると中身を見ようともせず、あっという間に笹の葉に結んでくれる。
よく見ると、わざとなのか無意識なのか、信長様は、私の短冊を紫色の短冊のすぐ近くに結んでいた。
(信長様はきっと、私が自分の短冊を結ぼうとして踏み台から落ちたんだと思っていらっしゃるんだわ。私、信長様に嘘、吐いちゃってる……)
好奇心に負けて信長様の短冊を見ようとした自分が、何だかひどく浅ましく感じてしまい、心から私のことを心配してくれている信長様にも申し訳なかった。
「朱里、行くぞ」
落ち込む私に対して、信長様はどこまでも優しい。
先程の厳しい叱責が嘘のように、壊れものに触れるかのような優しさで抱き上げられる。
「やっ、信長様っ…自分で歩けますから…」
「ならん。部屋まで運んでやるから大人しくしておれ。今日はもうこれ以上動くでない。夜まで休んでおれ」
「………はい」
大人しく返事をした私に、ご褒美だというかのように、額にちゅっと口づけをくれる。
唇が触れたところが、じんわりと温かくなっていき、私は幸福感に包まれていった。
それでも…………
信長様の優しさがただ嬉しくて、この上ない幸せを感じながらも、私の心は罪悪感でいっぱいだった。
信長様が庇ってくれたから、幸い身体には怪我はなかったけれど、心はズキズキと痛かった。
お腹の子を危険に晒してしまったこと
信長様の短冊を見ようとしていたと、言えなかったこと
信長様に嘘を吐いてしまったこと
信長様にひどく心配をかけてしまったこと
悔やんでも悔やみきれない。
私の心は、後悔という名の重石で押し潰されそうだった。