第84章 星に願いを
(何で信長様が短冊を……)
混乱する頭のまま、目が離せない私の前で、信長様はというと、見られていることには気付いていないらしく、手にした短冊をじっと見つめている。
それから、徐に笹の葉に手を伸ばすと…手が届く一番高いところに短冊を結び付けた。
風に揺れる短冊を見る信長様の表情は、ひどく穏やかで口元にも微かな笑みが浮かんでいた。
(っ…信長様っ……)
短冊を結び終えた信長様は、そのまま中庭を散策されるつもりなのだろうか、庭の奥へと歩いて行かれる。
信長の姿が庭の奥へ消えていくまで見守っていた朱里は、俄かに身を隠していた木の陰から出ると、一直線に笹竹の方へと向かう。
(どういうこと?短冊は書かない、って仰ってたのに……信長様が持っておられたのは確か…紫色の短冊だったよね…)
五色の中でも高貴な色とされる紫色
本来の五色では黒色なのだが、黒は弔事を連想させるし、何より黒色の短冊では墨で字が書けないから、という理由で、実際には紫を使うことが多いそうだ。
あの紫色の短冊は………恐らく、私が用意したものだ。
『書いてほしい』と直接言うことは出来なかったものの、もし気が変わって書く気になって下さったらいいな、と思い、天主の信長様の文机の上に、そっと置いておいたのだ。
それを……書いて下さったのだろうか?
一体、どうなさったというのか……
笹竹の下まで辿り着くと、揺れる短冊を見上げる。
青々とした笹の葉と、色とりどりの沢山の笹飾りの間に結えられた紫色の短冊に目を凝らす……が……
(うぅ〜ん、見えないっ……)
一際高い所に結えられた短冊は、ただでさえ見え難いのに、文字が書かれているであろう面が、なんと反対を向いているのだった。
精一杯背伸びをしたり、反対側に回り込んでみたり、と暫し悪戦苦闘してみたが、見えないものはどうやっても見えない。
(あの短冊は、信長様が書かれたものなのか…何が書いてあるのか…もの凄く気になる。どうしよう…はしたないけど、絶対に見たいよっ…)
一度気になると、もうどうにも衝動が抑えられないものなのだ。
そうかといって、信長様と身長差がある私には、到底届かない高さなのだった。
そんな時、途方に暮れかけた私の目に飛び込んできたのは、笹竹の近くに置いてあった踏み台だった。