第84章 星に願いを
「っ…信長様は…書かれないみたい。願い事はないからって…」
朱里は、シュンっと沈んだような声で言う。
「あぁ、あの人は、星とか神とかそういうものに願ったりする人じゃないからね…で、あんたはなんでそんな顔してるの?」
(見るからに落ち込んだ顔しちゃって…あぁ、もう、分かりやすい子)
「信長様が、言い伝えみたいな不確かなものを信じない方だってことは分かってるんだけど…他愛ないお願い事でもいいから、七夕のこのひと時を一緒に楽しみたいな、って…」
「……それ、あの人に言ったの?」
「…………」
「はぁ…大事なことは言わなきゃ伝わらないよ?あんたの気持ち、ちゃんと言葉にしないと。朱里はさぁ、信長様に対してちょっと遠慮し過ぎだと、俺は思うけど」
「っ…でもっ…くだらないって思われないかな…」
「朱里、信長様は、あんたのすることを一つだって無駄だと思ったことはないと思うよ。あんたの為なら、どんなにくだらないことでもやってのける人だよ、あの人は」
「そう…かな。私の我儘で、信長様を困らせるのは何だか悪い気がして……」
「……はぁ…好きな女に困らせられて、嫌がる男はいないと思うけど。あの人はまぁ、意地悪だけど、朱里にだけは甘いから……あんたがお願いすれば、短冊ぐらい書いてくれるんじゃない?」
「家康っ……」
それでもまだ、朱里は迷っているようだった。
信長に日ノ本一寵愛されているというのに、他愛ないお願いすら遠慮して言おうとしない。
もっと我儘言ったっていいのに…と思うけど、まぁ、そういう謙虚なところが、朱里が皆に愛されてる所以でもあるのだろう。
朱里は、自分がどれだけ愛されてるのか、本当に分かってるんだろうか。
あの人はきっと、朱里のためなら自分の身を削ることさえ厭わないだろうに……