第84章 星に願いを
朱里の発案で城の中庭に笹竹が設置されて以来、皆が七夕祝いの話をしている。
とりわけ皆の関心は、短冊に書く願い事のことらしく、『何を書こうか』やら『自分はもう書いた』やら、と誰もが楽しげに話している。
たまたま俺のもとを訪れていた明の商人から、七夕祝いの言い伝えを聞いた朱里は、至極楽しそうにキラキラと目を輝かせた。
その様子はあまりにも愛らしかった。
日頃はあまり頼み事などしないあやつが、七夕飾りを作りたい、城に笹竹を飾りたいと、珍しく強請るものだから、その可愛らしい願いを叶えてやりたくなり、求めに応じて今年はその新しい七夕祝いとやらをやることになったのだった。
『五色の短冊に、誰でも自由に願い事を書いて笹竹に吊るしてよい』と城内に触れを出すと、皆こぞって短冊を書き始め、見る見るうちに笹竹は、色とりどりの短冊でいっぱいになったようだ。
「いよいよ明日は、七夕ですね」
軍議の後の広間で、秀吉が何気なく声をかける。
「この分だと明日は晴れそうですし、夜空の星を見ながらの宴というのも、また風情があっていいですね」
ニッコリと微笑みながら三成が言う。
「宴の料理の方も準備万端だ。七夕らしい涼しげな料理も沢山あるから、楽しみにしとけよ」
政宗もまた楽しげに声を上げる。
「……で、皆さん、短冊は書いたんですか?」
家康がボソッと言うのを聞いて、皆が顔を見合わせる。
「書いたぞ」
「俺も書いた。家康は?」
「まぁ一応…書きました。あの子が楽しそうにしてたんで」
「僭越ながら、私も書かせて頂きました」
「光秀は……?」
皆からチラリと視線を向けられた光秀は、ニヤニヤと笑っている。
「俺も書いたぞ。どんな願いか、知りたいか?」
『知りたくないから言うな!』という全員からの制止の声を受けて、光秀は意味深な笑みを浮かべながら、上座の信長に視線を向ける。
「御館様もお書きになりましたか?」
ガヤガヤと騒いでいた皆の注目が、光秀のその一言で一斉に、上座で脇息に凭れて話を聞いていた信長に集まる。
「………いや、俺は書かん」
何となく気まずい空気を感じながらも答えると、皆がざわりと妙な気配を醸し出すのを感じた。
(何故、こんな雰囲気になる……?)