第83章 心とカラダ
「秀吉、お前…そんなに両手塞がってんのに、朝餉の膳も戦術書もって……どう考えても無理だろ?」
「うっ………」
三人の視線が痛い。
(さすがに無理があったか…いや、しかし…このままコイツらを御館様のところへ行かせるわけにはいかんのだっ!
くっ…どうすればいい?考えろ、秀吉っ!)
何とか上手く言い繕わねば、と必死に頭を回転させようと試みるが焦り過ぎて言葉が出てこない。
「ほら、さっさと行くぞ、せっかくの朝餉が冷めちまう」
三人を引き止める上手い言い訳が見つからず、魚のように口をパクパクさせる秀吉を尻目に、政宗たちは連れ立って歩き出そうとしていた。
(待てっ…待ってくれ…)
秀吉が悲壮な面持ちで三人の背中を追おうとしたその時………
「待って下さい、政宗さん。今、天主は立ち入り禁止ですよ」
廊下を足早に歩いてやって来たのは、白湯と薬包をのせたお盆を手に持った家康だった。
「家康?立ち入り禁止とは、どういうことだ?」
光秀が鋭い視線を向けるのを、サラリと受け流した家康は俺の顔をチラリと見てから、こう言った。
「………信長様が体調崩してるんです。まあ、少し熱がある程度ですけど。それで、大事を取って今朝の軍議は中止にしてもらったんですよ」
「はっ、信長様が熱出すなんて、珍しいこともあるもんだ」
「心配ですね…京から戻られてより、休みなしに動かれておられましたから…お疲れが出られたんでしょうか…」
「しかし…御館様が体調を崩されているというのに、秀吉、お前はその報告書の山をどうするつもりだ?よもや、熱のある御館様にご政務をして頂くつもりではあるまいな?」
「なっ…そんなわけないだろ…っ…これは、その…」
「それは、秀吉さんが片付けるやつですよね?まったく…信長様のことが心配で離れたくないからって、自分の仕事持ち込んでまで傍にいなくても……信長様には朱里がいるんですし」
「っ…冷たいこと言うなよ、家康。俺が御館様のお傍を離れる訳にはいかんのだ」
(うぅ…家康っ…見事な機転だぞ)
『天邪鬼な家康が今日は仏様に見える』と心の中で拝みながら、秀吉は上手く話を合わせるのだった。