第83章 心とカラダ
天主で朱里と二人で朝餉を取った後、午前中はひたすらに、秀吉が持ってくる政務を片付ける。
その傍らで朱里は縫い物をしながらも、心配そうに時折チラチラと俺の様子を窺っている。
秀吉に至っては、数刻ごとに『身体に変わりはないか?疲れていないか?』と煩いほどに聞いてくる。
女の格好で報告書に目を通し、書簡に筆を入れる。
俯くと、長い髪がハラリと顔に落ち掛かるのが鬱陶しくて、無意識に髪を掻き上げる仕草をしていたら、秀吉と目が合った。
熱っぽい視線が重い……
「………あまり見るでない」
「す、すみませんっ…つい……」
恥ずかしそうに目を伏せる秀吉を、苦々しい思いで見る。
(全く…此奴は、俺を何だと思っているのか……)
天主には誰も近づけぬよう人払いしてあるが、この光景は傍目には甚だ可笑しいだろう。
黙々と報告書を片付けていると、次第に身体が強張ってくる。
いつもより肩が凝る……何故だ?
う〜ん、と伸びをして、肩を揉んでいると、
「肩凝りですか?珍しいですね…俺がお揉みしますっ!」
サッと立ち上がって信長の背後に回った秀吉は、着物の上から主君の肩に触れて、ドキリとする。
真っ白なうなじがチラリと見えて、心の臓が跳ね上がった。
(っ……柔らけぇ…御館様の身体じゃねぇみたいだ…)
胸の高鳴りを必死に抑えて、肩を揉み始める。
女の柔らかな身体は力加減が難しく、自分の武骨な手では痛いのではないかと気が気ではない。
華奢で細い首筋から、匂い立つような女の色気が溢れている。
着物に焚き染めてあったのだろうか、香の良い香りがするのだが、それは御館様のいつもの伽羅の香ではなくて、甘い花のような香りだった。
甘い花の香りに頭の中が酔ったようになり、思わずゴクリと生唾を飲んでいた。
(っ…御館様はどんなお姿でも素晴らしいが…これは、目に毒だな)
「………秀吉、もっと優しく…」
「ええっ…あっ、は、はい…」
肩を揉んでいた俺の手に、そっと重ねられる御館様の白魚のような手。
背後に立つ俺に、チラリと向けられる悩ましげな流し目。
(ダメだ…理性が吹っ飛びそうになるっ…)
これ以上見てはいけないと、ギュッと目を瞑り、優しく肩を揉み始めた秀吉の気配を背中に感じながら、信長は笑いを堪えるのに必死だった………