第83章 心とカラダ
「案ずるな、気に病む必要はない。貴様は余計なことを考えず、腹の子の心配だけしておればよい」
宥めるようにポンポンと頭を撫でてくれる手は、温かくて優しい。
「うっ…信長さまぁ…」
家康の前だということも忘れて、思わずぎゅうっと抱きついてしまった。
けれど…抱きついた先に、いつもの逞しくて硬い胸板は感じられず、代わりに柔らかくて豊満な膨らみが、ぼわんっと頬に触れた。
「くくっ…何とも不思議な心地だな」
胸の膨らみに、すりすりと私の頬を擦りつけながら、可笑しそうに笑う信長様。
「やっ、もう…笑い事じゃありませんっ!」
「そんなに怒るな、せっかくの女の身体だ、愉しまねばな」
「えええっっ……」
愉しげな信長様を見ていると、そう悩むことでもないのかと思えてくるのだけれど……
当然のことながら、このまま平穏に一日が過ぎるはずもなかったのだ。
「御館様、おはようございます!お目覚めでしょうか?」
(この声っ…秀吉さんだ!ど、どうしよう……)
「の、信長様っ…秀吉さんですよ、どうしましょう…」
「チッ、ややこしい奴が来たな。家康、貴様、何とかしろ」
「はぁ!?いや、無理ですって!」
わぁわぁと押し問答になっていると、その声を聞きつけた秀吉さんが寝所の襖の前までやって来たようだ。
「ん?この声、家康か?御館様、失礼致します」
(わぁっ!)
「…………」
慌てる私達の目の前で、無常にも襖がスーッと開かれる。
襖を開けたままの姿勢で、その場で固まった秀吉さんの目線は、信長様の胸元に釘付けになっている。
その口元が、ぱくぱくと空気を欲する魚のように忙しなく動いていた。
「お、御館様っ……」
呼びかけたものの、次の言葉が続かないのか、ポカンと口が開いたままになってしまっている。
その顔色が見る見るうちに青ざめていく。
「っ…あの、秀吉さん…?」
「お、御館さまぁ…どうなされたのです?そのお姿は……な、何があったのですかぁ!?」
縋りつかんばかりの勢いで信長に詰め寄った秀吉は、ひどく焦った様子で信長の身体を確認し、その女らしく艶かしい肢体に気付くと、今度はさぁっと顔を赤らめるのだった。
「こ、これは…」
(はぁ…もう、面倒なことになったな)
秀吉を除く三人が三様に、心の中で深い溜め息を吐き、面倒事の予感を感じたのだった。