第83章 心とカラダ
実の兄のように慕う(本人には口が裂けても言わない)信長から、こんな相談を受けるとは夢にも思ってなかった家康は、口では呆れたようなことを言いながらも、心の中はかなり動揺していた。
だからというと今更言い訳になってしまうのだが、こんな時に限って大変な間違いを起こしてしまったのだ。
「はぁ…そこの棚に精力増強…疲労回復の薬があります。薄桃色の液体が入った瓶です。それ、どうぞ………」
あえて信長の方を見ずに、手元に視線を落としたまま説明した。
棚に手を伸ばす信長の気配を感じながら、心の中で秘かに溜め息を吐く。
「これか?」
「はいっ、そうですよっ!」
「一度に、これ全部か?」
「そうですっ!」
半ばヤケクソで、ろくに見もせずに返事をしていた。
だから、気付かなかったのだ……薬瓶が間違っていたことに。
薄桃色の薬瓶の隣にあった薄紅色の薬瓶がなくなっていることに家康がようやく気が付いたのは、今朝早くのことだった。
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「………で、これは結局、何の薬だったのだ?」
空っぽの薬瓶を目の前で振りながら聞いてくる信長を、家康は苦々しげな顔をして見る。
「………伊賀の忍びの秘薬です。男の身体を女体化するっていう…俺も実際に効果のほどを見たのは、これが初めてですけど。
徳川子飼いの伊賀者から手に入れたものです」
(女体化って……そんな薬があるなんて、信じられない!)
「なるほど、忍びの秘薬か…くくっ…何故、貴様がそんなものを持っていたのかは敢えて聞かんが…これはなかなか面白いことになったな」
「の、信長様っ…面白がってる場合じゃないですよ!こんな大変なこと……家康、これ、治るんだよね??解毒薬みたいなものは?あるんだよね、ね?」
面白そうに笑う信長様の、女性らしい柔らかな身体を揺さぶりながら、家康に縋るように問いかける。
「……解毒薬は…ない。けど、この薬の効果は約一日。今日の夜には効果が切れて、元に戻る…はずだよ」
何となく歯切れが悪い家康の口ぶりに、更に不安が募っていく。
「本当に?元に戻るの?お身体に害はないの?」
「っ……ごめん、朱里。一日で元に戻るとは聞いてるけど、実際に試したことない薬だから…確約はできない」
「そんなぁ……」
一気に力が抜けてしまい、寝台の上で項垂れてしまった。