第6章 黒い甘露【イケメン戦国】
零れ続ける涙も其の儘に睨み上げる私から、信玄は一瞬たりとも目を反らさなかった。
直ぐにでも此の男を殺して遣りたい。
湧き上がる憎悪で身体が震える。
だけど素っ裸で倒れ込んだ私には目の前に居る仇に手を延ばす事すら儘為らなくて、悔しさにぎりぎりと唇を噛んだ。
そんな無様な私を柔らかい視線で見下ろす信玄は、唐突に思いも寄らない言葉を紡ぎ出す。
「俺を殺した後、はどうする心算なんだい?
……帰る場所は在るのか?」
一体、何なの?
どうしてそんな………
自分を殺しに来た女を気遣う様な………
そんな信玄の姿が、一層私を苛立たせた。
「帰る所なんて……無い。
其の大切な場所を奪ったのはあんただ。
だから……あんたを殺したら
私も一緒に家族の元へ逝く。
あんたが私の家族に跪いて詫びる様を見届けてやる。」
「………そうか。」
今此の瞬間に信玄に斬られても可笑しくない状況で、何を言っているんだろうと自分でも思う。
其れから、どうして信玄は直ぐにでも私を殺さないのかが不思議で堪らない。
もしかすると私は…………
自分も信玄に殺されて仕舞いたいのかもしれない。
「済まないが……
俺は未だ此の世で成さなければならない事が有る。
今直ぐに命を渡す訳にはいかない。」
………そんなの、ちゃんと分かってる。
最初っから易々と甲斐の虎を殺せるなんて思っていなかった。
だから……
だから、さっさと私を殺して………
「だから、は此処で生きなさい。」