第6章 黒い甘露【イケメン戦国】
謙信の気配が感じられなくなってから、信玄は何も言わず丁寧に私の拘束を解く。
全身の力が抜けきっていた私は、其の儘どさりと畳の上に崩れ落ちた。
「未だ話す気にはならないか?
俺も此れ以上を苦しめるのは本意じゃない。
たった一言で良いんだ。
俺の欲する名を呟いてくれれば
を逃す事だって出来るかもしれない。」
一段と柔らかい声色で語り掛けながら、信玄の手は労る様に私の全身を擦る。
此れ程の苦痛を与えておいて、次はまるで大切な女を扱うみたいな其の差異に、私の腹の底からは説明の付かない感情が湧き出した。
其の感情は急激に熱を持ち、溶岩の如く一気に噴き上がる。
「私に……雇い主なんて…居ない。」
「………何だって?」
「残念ね!
私を雇ってる人間なんて居ない!
私は私一人の意志で春日山へ………
あんたの居場所へ潜入したのっっ!!」