第5章 夏の夜の蝶々
________そろそろいい頃かな。
あちこちから伸びてくる箸をかわし、
「信長様にお酌してきますね」と言って席を立つ。
ブーブーと不満の声を背中に受けながら上座に向かった。
「お酌、させてください。」
それまで信長様のお相手をしていた光秀さんがすっと立ち、
私に席を空けてくれる。
信長様は一瞬こちらを見たが何も言わず、盃を寄せてきた。
「お着物、ありがとうございました。」
「貴様の目に、よく似合う」
そう言うとまた盃を空ける。
会話が続かないまましばらくお酌をしていると、
「貴様も飲め」
と空いた盃に酒を満たされ、渡された。
(すでに何杯か飲んじゃったんだよな…
さらに飲んで酔うわけにいかないけれど、
ここは大人しくご一緒したほうが良さそう。)
「はい、いただきます」
楽しそうな声が響く武将たちのいる席とは一線を引いたように、
私と信長様の間には静かな時が流れていた。
_________言うなら、今だ。
相当飲まれているから、きっと気が緩んできてるはず。
……私の方がそろそろ危ない、酔ってきてる、、、
信長様に体の正面を向け座り直す。
「信長様、」
「なんだ」
「今朝方お願いしました、本能寺のけ…」
「ならぬ」
秒殺、というのはこういう時に使うのだろう。
絶対に覆えらないと思わせる一言に、背中がふるりと震えた。
(最後まで言わせてももらえなかったな。
こうなったら・・・・・)
座ったまま、背筋を伸ばす。
一度大きく息を吸い込むと、信長様をまっすぐに見つめた。
「最後まで聞いてください。
本能寺の件ですが、考え直しました。
お城に住みお仕えする申し出、お受けいたします」
聞きつけた武将たちが一瞬で黙る。
三成くんは持っていた盃をポロリと落としていた。
信長様の表情は変わらず、眉一つ動かさない。
何を考えているか全く読めない。