第5章 夏の夜の蝶々
「ほう、小娘。
やはりお前は物の怪のたぐいだったか。
うまく化けられたな。」
光秀はそう言うけれど
俺は…
俺は声が出せなかった。
「光秀さん、それって貶(けな)してるんですか?」
「いや、大絶賛してるんだかな。」
「分かりづらいです。」
2人のやりとりをぼんやりと聞きながら今朝の事を思い出す。
正直、衝撃を受けた。
昨日は煤やら土埃だらけで真っ黒、泣くのを堪えて震えていたというのに、、、
今朝の莉乃は芽吹いたばかりのような、瑞々しい植物のような生命力を発していたから。
滑らかな白い肌、薄桃に色づいた頬。
唇は柔らかそうな膨らみが豊かで、黒目がちな瞳には芯の強さと儚さが同居している。
艶のある髪は光が当たった部分だけ栗毛に見え、それが余計に心をかき乱された。
今まで信長様に寄越された数々の縁談話を吟味するため、沢山の姫と面談をしたこの俺でも、これほどの美しい女は初めてだった。
いや、美しいだけじゃない。
何か、違うんだこの莉乃って女は。
しかし今の莉乃の姿は…
濃厚な蜜の香りを放つ、妖艶な華のよう。
目の際に入れられた化粧の影が、強い瞳を際立たせている。
濃く引かれた紅は艶を持ち、蝶が華へと誘われるように…
きっと本人は「誘う」なんて気持ちは微塵もないだろう。
でも男なら、この魅力にあがらえない。
俺は、
蜜に絡め取られた蝶のように、目が離せなかった。
_____このまま部屋に閉じ込めておきたい。
_____誰にも、見せたくない。
・・・・・・・信長様にすら。
脇腹に鈍痛が走る。
「おい、秀吉、行くぞ」
(お前の思惑はお見通しだ)と言わんばかりの光秀に脇腹を小突かれた。
「変なの、秀吉さんてば」
莉乃に気の利いた一言も言えぬまま、
二人の後をついて行く。