第5章 夏の夜の蝶々
「莉乃様、いらっしゃいますか?」
障子の向こうから三成くんの声がする。
その後すぐに聞こえてきたのは、出迎えてくれた吉野さんの
「まぁ、これはこれは!!」と何やら嬉しそうな声。
三成くんは、小袖と打掛を持っていた。
打掛は黒地に金と真紅の蝶模様が施され、
艶やかな純白の小袖をよく映えさせている。
「わぁぁぁぁ きれい・・・」
思わず、ため息と感嘆が混じる声を上げてしまった。
「信長様よりお預かりしました。
今夜の宴にこちらをお召になるように、と。」
相変わらずの天使スマイルでそう言う三成くん。
(く~癒される笑顔…スマホの充電残ってたら二人で自撮りしたかったわ)
「え?信長様から?」
(一体どういうつもりなんだろう…
こんな着物をすぐ用意できるなんて、やっぱり信長様ってとんでもない権力者なんだろうな)
「信長様は余程、莉乃様をご寵愛されてるんですね。」
吉野さんは着物を掛けながら「うふふ」と嬉しそうにしている。
「それでは莉乃様、夕餉でお会いしましょう。
そちらのお着物姿も楽しみにしておりますね。
あっ!そういえば、夕餉のお迎えは秀吉様が来られるそうです。
どちらが莉乃をお迎えに上がるかで、政宗様と喧嘩されておりましたよ。」
三成くんはくすくすと笑いながら、会釈をして出て行った。
吉野さんが三成くんを送り出すと、改めて着物をじっくり見てみる。
今着ている打掛が爽やかな「昼」用だとしたら、これは完全に色気のある「夜」仕様だ。
デザイナー魂に火がつく、完璧な配色に言葉が出ない。
きっとこの着物も逸品なのだろう。
洋裁の勉強はしたけれど、着物の知識がほとんどないことを悔やんでしまう。
「さぁさ、莉乃様、宴のお支度をいたしましょう。
お化粧も変えましょうね、殿方をあっと言わせますから。
かんざしは、っと・・・」
吉野さんがなぜかやる気を出している。
昼間、信長様にお願いしたときは肩透かしを食らってしまった。
今夜の宴ではよく考えて立ち回らなくては。
この乱世への宣戦布告の火蓋が、切って落とされようとしていた。