第4章 叶わない願い
(*光秀Side)
__________安土城 天主
絢爛豪華な絵が描かれた襖に前に立ち、声をかける。
「信長様、光秀です。」
「貴様か、入れ」
信長様は天主の張り出しに座り、一人盃(さかずき)を傾けていた。
「おや、信長様がこの時間からお飲みになるとは珍しい。」
「黙ってお前も付き合え」
「御意のままに」
信長様に仕えて何年になるだろう。
幾度となく盃を交わしたが、今宵の主(あるじ)は少しばかり雰囲気が違うようだ。
いや、正確には昨晩から、か。
「いかがなさるおつもりで?」
いきなり本題を口にしてしまい、自分で驚く。
それは信長様も同じだったようで、
「珍しいのは貴様の方だ。 処遇が気になるか?」
「いえ。信長様の思う通りになさればよろしいかと。」
「ふん。腹を明かさぬ奴だ。
しかし、今朝がたの出来事は忘れがたい。
莉乃が軍議の場に現れた時の、あ奴らの顔と言ったら。呆けた顔をしおって。
昨日の莉乃の攻撃も見事だったぞ。」
城下を眺めながらも、その時のことを思い出すように微笑む信長様。
第六天魔王と恐れられる信長様にこのような表情をさせるとは。
なかなかに侮れない、あの娘。
…いや、それは俺へも同じか。
あの小娘が信長様へ直訴した時の強い眼差し。
秀吉に頼みごとをした時の心細さ丸出しの瞳。
断られたあの娘の目は、、、見たくなかった。
摩訶不思議な現象に当てられて、俺も弱気になったか。
フっと笑いが漏れる。
穏やかな時間が流れていく天主。
「___ して、光秀。
お前なら、京に行かせるか?」
盃から目線を離し、信長様をまっすぐに見つめる。
「・・・・・いえ。」
やはり今宵の主は違う。
俺が心を読む事を分かっていて、同意を求めたのだ。
襖の向こうから、小姓の声がする
「信長様、失礼いたします。
先ほど政宗様よりご伝達がございました。
今晩の夕餉は広間にて宴を催したいと。莉乃様歓迎の宴だそうです。」
「分かった。」
表情を変えず盃に口を付ける信長様に習い、俺も飲み干す。
天主に入り込む風が、夏の訪れを感じさせていた。
今年は…暑くなりそうだ。