第3章 500年の時を翔ける
着物に詳しくない私でも、これが1級品だということは見て分かる。
そっと触れてみると、指先に感じる感触はひんやりとしているのに温かみがあって、着心地が良さそうだ。
小袖には小さい花がたくさん刺繍してあり、職人の手の込んだ作品だというのもすぐ分かった。
「こちらは莉乃様にと信長様がじきじきにご用意されたお着物ですよ。
こんなにすばらしいお着物を一晩でご用意くださるなんて、、、
信長様は優しいお方ですね」
(着物を着るなんて、成人式以来だな)
着付けをし、髪を結われ、化粧を施される。
繊細な花の飾りが付いたかんざしは、打掛と同じ淡い水色をしていて、初夏の今にぴったりだ。
鏡の中に映る自分が自分じゃないみたい。
「まぁぁ、莉乃様、とっってもお綺麗ですよ!!
肌もお白くて、先ほどのお姿とは別の方のようです。」
にこにこと満足そうに女中さんが頷いたとき、障子の向こうから声がした。
「莉乃、信長様がお呼びだ。
支度は出来たか?」
女中さんが障子を引いて秀吉さんを迎え入れた瞬間、息を呑む音が聞こえた。
「っ、おまえ! ほんとに莉乃か?」
「え?」
「昨日、うちの家臣に蹴り食らわせた莉乃だよな?」
「何言ってるの?? もう一度お見せしましょうか?」
「なっ、なんでもない。 さ、さあ、いくぞ」
なぜだかしどろもどろになる秀吉さんに手を引かれ、昨晩の「戦場」だった広間へと急ぐ。
廊下ですれ違う方々がさっと端によけてくれ、頭を下げる。
「まぁ、お美しいお方!」
「あんなに美しい方が安土にいらしたなんて」
「どちらの姫君でしょうね」
通り過ぎたあとに聞こえてくる、そんな言葉にくすぐったさを感じながら。
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