第30章 舞台挨拶
「フリーライターをしている者ですが、春海セナ さんに質問です」
見た目とは違い、物腰柔らかな声で男性は私を指名した。
「この映画は、ひき逃げ事故の被害者となった大学生が、その後車椅子生活を強いられながらも犯人を探し出し多額の賠償金を勝ち取るまでの話で、あなたはその大学生を支える恋人役でしたよね」
「はい」
「あなたも実際、数年前に交通事故により夢を絶たれたと聞いてますが、あなたは加害者を恨むどころかその運転手を不起訴の示談で済ませたそうですね。この映画の主人公とは正反対のことをしたわけですが、それは何故ですか?」
「………え?……あの…」
これは、映画に関係のある内容?
なんで私の交通事故の事なんて…
「すみません、映画に関係のある内容でお願いします」
司会進行役の映画館のスタッフさんが助け舟を出してくれた。
「…失礼、じゃあ質問を変えます。もしあなたがこの主人公の様に、突然の事故によって下半身付随となり車椅子生活を余儀なくされたとしたら、あなたは、この事故の加害者やその家族、関係者を許せますか?」
「それは…」
この人は、一体何が聞きたいんだろう?
どう答えるのが正解でどれが不正解?
頭の中をさまざまな答えが飛び交う。
「……っ」
不安になり下を向いた時、信長に贈られた今日の衣装が目に入った。
『聞かれた事に対して言いたい事だけを言えばいい。まぁ俺はほとんど答えなかったがな』
信長の言葉を思い出した。
そうだ、言いたい事だけを言えばいい。言いたくないのならば答えなければいいんだ。
「ご、ご想像にお任せします」
きっと声は震えていたけど、ニッコリと微笑んで返した。
「……ありがとうございます」
男性は一瞬目を見張ったけど、やがてフッと笑うと再び席に着いた。
嫌な汗が背中を伝う。
さっきあった毛利さんも緊張したけど、その比じゃないくらいに、目だけでも射殺されそうで怖かった。
あんな目をした人に初めて会った。
まるで、恨まれている様な目に…
舞台挨拶の後は、映画のパンフレットを買ってくれた人たちとのサイン会があったけれど、ケイティが危険を察知し、私は仕事があると言ってその場を退出させてもらった。