第30章 舞台挨拶
「セナ 、こっちよ早く」
ケイティが珍しく駐車場まで走るわよと言って映画館を急いで出て行った。
「あ、ケイティ待って」
走りたくてもヒールでは限度があって、走れる様にヒールを深く履き直していると、さっきの男が来て再び声をかけられた。
「なんだ、逃げるのか?」
「えっ?」
近くで見ると、舞台上から見ていたよりも迫力があり、私は立ち尽くしてしまう。
「顕如っ!セナ に近づかないでっ!」
先に走り出していたケイティが慌てて戻って来た。
「けん…にょ?」
確か玲衣が言っていたフリーの記者も、けんにょって名前じゃなかった?珍しい名前だから、覚えてる。
「顕如!あんたこんな所にまで来て一体なんの様!?」
「それは俺のセリフだ、お前は確か信長のとこの顧問弁護士だったはずだが何故ここにいる?」
顕如と呼ばれる男は、顎に手をあて考える素振りを見せた後、いやらしい笑みをケイティに向けた。
「………あぁなる程、このお嬢さんがあいつにとってそれ程大切って事か…」
そして男はいやらしい笑みを浮かべたまま私を見た。
「俺は顕如、信長を潰すためにフリーライターをやってる」
「は?」
どんな自己紹介?信長を潰すって、何言ってるの?
「お嬢さん、お前の交通事故には、お前も知らない秘密がある」
「……え?」
秘密なんて何もないよ!
「あの事故に隠された真実を知りたくはないか?」
「顕如っ!」
ケイティが叫ぶ。
「あの事故は、私の不注意で起きた事故で、誰も悪くはありません。それが真実です」
信長を潰すって…意味が分からなすぎる!
「くくっ、その言葉でよく分かった。やはりお前は何も聞かされてはいなという事が」
「!?」
喉を鳴らして笑う人を、私はこの時初めて見た気がする。それ程に目の前の男は楽しそうにクックックッと声に出して、深く不愉快な笑いをした。
「まぁ、今に分かる。楽しみにしていろ。その時の信長の顔が見ものだな」
「セナ行くわよ」
ケイティは顕如をひと睨みすると私の腕を取り、再び早足で歩き始めた。
背中越しには、まだ顕如の低い笑い声が聞こえて来る。
信長が不在となった途端に起こった二つの出来事に戸惑いながらも、私は映画館を後にした。