第30章 舞台挨拶
「このCM、おれの会社が請け負ってる。去年、俺がお前に依頼した案件だ」
「……?」
「まぁ、すぐに断られたけどな…」
その話は…確かに聞いてない。でも…
「信じられねぇってか?だが本当だ。この飲料メーカーは、担当飲料毎にその時の担当者が自分の好きなタレントを起用できることになってる。その時の担当者がお前の事えらく気に入ってて、使いたいって言われて案件を出したんだが、即日跳ね返されたってわけだ」
「…………」
その話を聞いて思い出した。
広告代理店とは、クライアント企業の広告活動を代理で行う会社で、各種メディアへの影響力が強い。だから、この社名を聞いただけでみんなの態度が変わると毛利さんは言ったんだ。
「まぁ今は別の女優を起用しているが、お前さえ良ければあの担当者に話通してやってもいい、どうだ?」
どうだと言われても、
「それは…ケイ、マネージャーに相談してからでないと…」
断ったのには必ず理由がある。信長はいつだって過保護すぎるぐらいで…きっと何か心配な事があるから断ったはずだもの。
「人の意見なんざ聞いてねえ!お前はどうなんだ?やりたいのか、やりたくないのか?」
私の煮え切らない態度に痺れを切らした毛利さんは、グッと顔を近づけて凄みを効かせた。
「っ…」
目ヂカラも、瞳の色も信長によく似た毛利さんから目を逸らして、耳に付けられているピアスを見つめた。
「CMは、魅力的です。それが〔爽やか健康茶〕のCMなら尚更です。やりたいに、決まってます。…でも」
やっぱり相談はしないと…
「なら決まりだ」
「えっ?」
なんでそうなるの!?
「早速先方に話つけて来てやる。楽しみに待ってろ!」
毛利さんは機嫌良く机の上の私の伝票を手に取ると立ち上がった。
「まっ、待って下さいっ!」
私の一存でなんて決められないのに!
「ああ、気にすんな気分が良いから奢ってやる」
「は?えっ?あっ待って!」
色々とアウトすぎてどこから突っ込めば良いか…、そんな事に気を取られている間にも、あの長い足はさっさと会計を済ませてお店を出て行ってしまった。