第26章 varlet
「バカ、お前を責めてるわけじゃない。今は応援してるって言いたかっただけだ。けどマスコミは気をつけろよ!」
優しく笑う顔は、さらに優しい笑顔を作って、もう一度頭をポンと撫でてくれた。
「ありがとうございます」
「じゃあ俺は先戻るけど、お前も早く戻って来いよ?信長様が心配するからな」
私の前を通り過ぎる秀吉さんからはタバコの匂いが微かにして、私の記憶を呼び覚ました。
あれはまだ、専属契約と言う関係だった頃、大好きな信長とのキスを苦いと感じた事が、一度だけあった..........
『っ、......やっ、タバコのにおい.....』
不機嫌にされた信長のキスはいつもと違っていた。
『あぁ、今日は接待があってタバコを吸ったからな』
『えっ、タバコ、吸うんですか?』
それまで、信長がタバコを吸う事を知らなかった私は驚いたのを覚えてる。
『付き合いの範囲だ、普段は吸わん。だがこれからもある。この味にも慣れろ』
『ん.......いやっ、........』
『拒むな、慣れろと言っている』
『んっ...........』
あの時は、いつ捨てられてもおかしくない関係の中で、ほろ苦い味のするキスに慣れるほど、この関係は続くのだろうかと不安で一杯だった。
あの時、慣れろと言っていたあのキスは、あれ以来ない。
あの日私が嫌がったから、付き合いでも吸うことをやめてくれたのかな.....?
『もう貴様を、傷つけたくない』
観覧車に迎えに来てくれた日に信長は言っていた。
『それだけお前の事を大切にしてるって事だろ?』
秀吉さんの言う通りだ。
私は、信長にとても大切にされてる。
そんな信長を、一瞬でも疑うなんて最低だ。
きっと私の田舎にはいなかっただけで、セレブはみんなアフガンハウンドを飼っててそこら中にいるんだ。
「そうだ、そうだよ」
過去の女の人達とのことは誤魔化されることが多いけど、本当に大切な事は話してくれてる。これはただの蘭丸君の思い付きで、本当の本当に偶然なんだ。
サンルームの中とは言え、さすがに寒さの限界を超えた私は、自分の頭を納得させリビングへと戻る階段へと手を掛けた。