第3章 専属契約
「..............はぁ」
手から滑り落ちた紙袋を拾い上げ中を見ると、ケイティの言う通り、昨日着ていた服と靴が入っていた。
「社長がここまで届けてくれてのかな」
でも、彼が私の服を紙袋に入れてここまで来てドアノブに掛ける姿が想像できない。
「そんなわけないよね」
きっと、秘書の秀吉さんか誰かが届けてくれたに違いない。
オレ様な態度にいきなりのキス。
『キスも知らんのか。期待を裏切らん奴だ』
しかも、悪びれる様子もなく、私が初めてな事に驚いた顔をしてた。
本当に初めての事だから全然分からないけど、抱きしめられる腕も、重なった唇も、とても優しく感じたのに.......
きっと、彼は誰にでもそんな事ができるんだ。(数分前には、彼女さんとキスしてたし.....)
「あんなに、きれいに走ってたのに.....」
後にも先にも、彼ほど綺麗に走る走者を私は見た事がない。それ位、彼は私の憧れの人だったのに。
だからこそ、あの夏の日、彼に初めて会って舞い上がってしまった。そして昨日も、近くにいると分かったらもう止められなくて、会いたくて.........結果、眠れないほどに彼と言う存在を擦り込まれてしまった。
もうきっと、憧れなんて気持ちじゃ済まなくなってる。
たった二回。
それが私が彼に会った回数。
それなのに、
「どうしよう............」
私は既に、彼に惹かれ始めてる。
だって、あんなに最低な事をされたのに、私は彼にまた会いたいと思ってる。
こんな気持ちになったのは初めてで、どうして良いのか分からない。
ずっと走ってきたから......
ライバルや仲間達と必死でトレーニングをこなしてきた日々。もちろん、彼氏がいる友達もいたけど、私は本当にそー言う事には無縁で、誰かに告白されたこともなければ、した事もない。好きになった人もいなかったし、部屋には、走っていた頃の彼の切り抜きが今でもずっと飾ってある。
彼の、織田信長の走りに少しでも近づきたい。それだけを目標に頑張ってきたから。