第22章 Etigo
上杉謙信がピアノで奏でる曲は繊細で美しく、そして切ない。
ロックバンドだから、様々な曲調はあるけれど、特にバラードには定評があり、聞くものは皆胸を打たれ涙を流してしまうほどだ。
今回の新曲もドラマの為に書き下ろしたバラード曲で、とても切ない仕上がりになっている。
思い合っているのに結ばれない運命の二人。
ミュージックビデオではそんな運命の悪戯によって引き裂かれる二人(私と謙信さん)を、海というロケーションを使って表現する。
絡み合うシーンや、謙信さんと一緒に愛を語り合うシーンなどは一切なく、ひたすらに個々の切なさを追求する内容となっている。
とは言え、
つ、冷たい!!
7月だと言うのにこの海の冷たさは何だ!?
確か海水浴場も多数存在しているはず......
日本海を舐めていた。
とても綺麗で澄んだ海は予想以上に冷たくて、あっという間に体温を奪われ歯がガチガチなり出した。
「セナさん大丈夫?」
明らかに震えている私に、佐助君が岸から声を掛けてくれる。
「う、うん。想像以上に寒かったけど頑張る」
「これでも、今日は水温が高い方なんだ。頑張って」
何ですとーーーー!と言いたい心を押さえて曲を頭に思い浮かべる。
「〜♬」
声に出して歌った方が身体の震えも止まる気がして、口ずさみながら心をシンクロさせて行く。
信長と恋をしたおかげで、私は短期間でかなりな感情を知ることができた。
辛かった気持ちも、他の人の優しさに逃げたくなるほど追い詰められる気持ちも、今の幸せすぎる気持ちも全て、私にはかけがえの無い物で大切だ。だけど、そう思えるのは多分、今自分自身が充実しているから。
好き同士なのに決して結ばれないなんて、なんて切ないんだろう。
ドラマのための書き下ろし曲とは言え、こんな切ないメロディと歌詞を創り出す事のできる謙信さんは、自分自身が辛い経験をして来たんだろうか?
どんどん感情移入して行った私は、最後の海のシーンまで無事に演じ切り、その日を終えた。