第12章 偽りのデート
ところが、待ち合わせ時刻を過ぎても一向に仁王は現れなかった。そのうち今向かっている、と彼から連絡が入る。遅れているみたいだ。
そわそわしながら待っているところへ、見知らぬ男性が不意に話し掛けてきた。
「ねえ、一人?」
「いえ…」
ナンパだろうか?相手の馴れ馴れしい雰囲気に嫌がる素振りを見せたが、男は引き下がりそうにない。
…先輩、早く来て…!
祈る気持ちで願ったその時、誰かが駆け寄って来る気配がした。
「夢野!」
目を向けた先には待ちわびていた仁王の姿があった。ようやく心がほっとする。
「先輩…!」
「待たせて悪かった。行くぜよ」
側にいた男を一瞥した後、仁王はパッと萌の手を掴み足早に歩き出した。素早い動作に引きずられるように足を動かす。
「あ…あの、先輩、ありがとうございました」
萌のお礼には答えず、黙ったまま仁王はずいずいと進んでいく。いつもの様子と違い何を考えているのか分からず、ただ彼の背中を追いかけるように歩いた。
駅から離れ、商店街の一角にあった公園に入っていく。そこでようやく立ち止まり萌はほっと一息つく。仁王も息をつき、繋ぎっぱなしだった手に気付いて少し慌てて離した。
「お前さんに詫びなきゃならん事がある」
何やら固い表情でそう切り出す仁王。突然何事かと首を傾げる萌に困ったように続ける。
「昨日のアレは、俺じゃのうて…俺に化けた柳生じゃ。すまない…」
昨日の帰り際、ご褒美と称してデートに誘われた。その時の不始末の謝罪をしようとしているらしい。
「昨日って…なんで…どういう事ですか…?」
つまり、今度は柳生が仁王に成り代わっていたというのだ。にわかに信じ難いが、仁王がこうして真剣に打ち明けているので事実なのだろう。
確かにヘンだとは思ったけど…あれ、柳生先輩だったんだ…。仁王先輩じゃなかったのに、あたし浮かれてのこのこ来ちゃって恥ずかしい…