第10章 短期合宿
その後萌は一人で後片付けや明日の準備を終え、自室へ向かっていた。皆疲れてそれぞれの部屋で休んでいるのだろう、辺りはとても静かだった。
そんなしんとした廊下で仁王とばったり遭遇する。罰で遅くなり、一人で風呂に行っていたようだ。萌に気付くと彼は声を掛けてきた。
「まだ仕事しとるんか」
「いえ、もう戻って寝ます」
「それがええじゃろ」
ふと会話が途切れる。
仁王も休んだほうがいいと気遣ってくれているのに、足が動かない。先程のトレーニングルームでの彼とのひと時を思い出す。
立ち去り難い…もっと話したいし、一緒にいたい。でも、行かなきゃ…
「夢野」
気持ちを抑え足を踏み出すが、少し進んだ先で呼び止められ、ちょいちょいと手招きされた。
不思議に思い近付くと、突然腕が伸びてきてぐっと引き寄せられる。
「きゃ…!」
「…しっ!騒ぎなさんな」
予想外な動作にびっくりして叫びそうになるのを、仁王の制止で何とかこらえる。彼は片手を上げ口元に人差し指を添えて、もう片方の腕で萌を抱き留めている。
口をつぐみ息を潜めると、心臓の音がやけに大きく聞こえてきて逆に緊張が高まった。
「こういうスリルを味わうんも、合宿ぽくてええじゃろ」
冗談めいてそう告げる仁王は、悪戯気な笑みを浮かべている。
「…やっと捕まえられたのう」
穏やかな声と同時にもう一方の腕も回され、仁王に包み込まれてしまった。鼓動が激しく打つ反面、その包容力に安心感を覚える。
心地良さについ甘えて胸に顔をうずめると、それに呼応するようにぎゅっと抱きしめられた。途端にいとおしさや嬉しさや感謝、彼に対する様々な感情が湧き出てきた。
「…さっきは庇ってくれて…ありがとうございました」
「それはこっちの台詞じゃよ」
萌の控えめな話し方に合わせて、仁王も囁くように声を落とした。
「お前さん、今日一日中働きっぱなしだったじゃろ。俺達のために…ありがとうな」