第1章 ミクスド始動
それだけ告げて真田は去ってしまう。
萌がコートに近付き目を向けると、コート内から仁王がちらっとこちらを向き声を投げ掛けてきた。
「悪い、あと10球待ってくれんか」
彼の練習の様子を見ながら言われた通りおとなしく待つ。
仁王はきっちりと指定された位置に返球している。全国3連覇を狙う立海男子テニス部だ。知ってはいるがやはり並大抵の技術ではない。練習の精度が高過ぎる。
それにしても、と萌はうっかり感嘆のため息を漏らしていた。
カッコいい人だな…
仁王のラケットを振る姿は動きに無駄がなく、シャープでスマートな雰囲気がとても格好良い。加えて背が高く均整のとれた綺麗な体つきに、挑戦的な目が印象に残るクールな顔立ちだ。ただでさえテニスの技術がすごくて気を引かれるのに、更に目が離せなくなってしまう。
1セット分の練習を終えて、仁王はドリンクを飲みひと息ついている。
練習の気迫を目の当たりにし、まだ余韻が覚めずぼうっと見つめていると、横を向いていた彼が急に話し掛けてきた。
「…どうした?ジロジロ見て」
相手が不快に感じる程見つめてしまっただろうか。その言葉にはっと我に返り萌は慌てて謝罪した。
「ご、ごめんなさい、何でもありません」
見とれてた…なんて言えない。
と思った矢先、こちらを向いた彼から再び質問が飛んできた。
「俺に見とれとったんか?」
えっ…心読まれてる?
先程のうわついた自分の視線を思い返してぎくりと心臓が跳ねる。
「…お?当たりか?最後のは我ながら良いショットだったからのう」
萌の反応でピンときたらしく、仁王は少し得意気に、つい今しがたのレシーブ練習での腕前を自慢した。
あ、テニスのほうか…びっくりした。
どうやら仁王本人を気にかけていた事はばれていないようで安堵したのだが。
「…なんてな」
小さい声でそう付け足され、本当はどっちなのか分からなくなってしまった。
混乱した萌を置いて、言った本人はもう切り替えたのか、ラケットを持ってさっさとコートへ入って行く。
「とりあえず、普通に打ってみんか?」