第4章 イリュージョン
ある日いつもより早くテニスコートへ到着した萌は、自分のラケットをまじまじと見つめていた。
グリップがぼろぼろだ…みっともないし、替えようかな。
部活が始まるまでまだ間がある。そこで、自分のグリップテープを女子の部室に取りに行くことにした。
練習量が増えラケットも存分に使っているし、きちんとメンテナンスをしなくては。そう考えながら歩いていると、道の反対側にコートへ向かう柳生を発見する。
あ、柳生先輩だ…
「おや、どこへ行くんですか?もうすぐ練習が始まりますよ」
向こうもこちらに気付いて声を掛けてきてくれる。
「グリップテープが擦れてきたので、替えを取りに」
「…そうですか」
…ん?なんかいつもと違う?
素っ気ない会話に違和感を覚えつつもそのまますれ違い、部室へと急いだ。
その後の練習は特に問題もなく進み、合間に仁王が萌の調子を尋ねてきた。
「手首はどうじゃ?まだ痛むようなら医者に行きんしゃいよ」
「はい。大丈夫みたいです」
症状が出てすぐに腕を休ませたせいか、幸い痛みは引いていた。
「ただちょっと、力が入れにくいし、グリップの感じがヘンです」
「グリップを替えたからじゃろ。まあすぐになじむようになる」
…あれ?グリップテープ替えたこと、仁王先輩に言ったっけ?
その応答に不思議に思って彼を見上げると。
「…プリッ」
仁王はニヤリと笑みを見せて立ち去り、練習へ戻っていった。
謎の言葉で誤魔化された…
先程の仁王とのやり取りがどうしても気になって、萌は柳生に確認しようと思い立った。グリップテープを替えたことを仁王に教えたのか聞いてみる。
「すみません、話が見えませんが…何のことでしょう?」
が、柳生は全く身に覚えがなさそうだ。
状況が不可解なので、部活前の出来事についても尋ねてみる。確かあの時、柳生の様子もおかしかった。