第4章 蓋
ズイッとひまりに近寄られ、夾は体をのけ反らせると「帰ったら連絡しとく…」と彼女の圧に圧倒されながら答えた。
「うん!ありがとう」
ひまりは満足そうに顔をほころばせて、由希達のもとへと歩き始めた。
すると、夾を見つけた楽羅が満面の笑みで駆け寄ってくる。
「夾君、ひまりありがとう!!これ、ゆんちゃんの分だよね?ゆんちゃーん!」
楽羅は2本のペットボトルを夾から受け取り1つを由希に手渡すと、ひとくちそれを飲んだ。
そしてペットボトルの蓋を閉め、夾の腕に自分の腕を絡ませて、離せと怒る夾を無視して「レッツゴー!」と彼を引きずりながら歩いて行く。
ひまりと由希も慌ててペットボトルの蓋を閉めると、2人に置いていかれないように小走りでついていった。
「ひまり…何かいいことあった?」
戻ってくるひまりが、嬉々とした雰囲気を醸し出すその様子が気になって由希が問うとひまりはニコニコとして首を縦に振る。
「夾がね、今度師範の所に連れてってくれるって!師範が私に会いたいって言ってくれてるって」
ペットボトルを胸に抱いて、軽く肩を上げて微笑む。
そんなに会いたかったのなら、なぜ今まで会いに行かなかったのか。と由希は疑問に思った。
「すぐに会いに行こうと思わなかったの?」
「行きた…かったんだけど…一度草摩を出た身としては、何となくキッカケがないと気まずくて」
硬い表情で話す彼女を見て由希は納得した。
ひまりが戻ってきてから、会いに来る人間ばかりで、彼女自ら会いに行くことは一度もなかった。
後ろめたさを感じているんだ、と。
不安に…思っているんだろうか。
愛想を尽かされていたら…
拒絶されたら…と。
周りから見れば、今も昔も変わらずみんなに大切に思われていることは一目瞭然なのに。
並んで歩くひまりの横顔を見ると、緩やかな風が吹き薄茶色の髪がなびく。
その髪で隠れていた柔らかそうな頬がチラリと見えて、その頬に触れたいと由希は思った。
さっき夾を追いかける背中を見たときの胸を締め付けられるような"嫉妬"の感覚。
俺…やっぱり…。
由希はずっと抱いていた"特別な感情"の答えを見つけた。