第12章 Act
話している内に雨が上がって、裂かれたように分厚い雲の隙間から、覗き込むように夕陽に色を染めた空が顔を出している。
由希はそれを見たって、気持ちが晴れやかにはならなかった。
どちらかと言えば、その様が皮肉めいて見えて眉根を顰めそうになる。
やっぱり夾になりたかった。あの子の隣は俺が良かった。
そんな風にして荒み始めた所に、澄んだ空気には場違いすぎるギュルルルルと言う音。
途端に由希は目を丸くした。
潑春は今しがた失恋して、物の怪憑きから解放されたとは思えない程に気の抜けた表情で自身のお腹を擦っている。
「あー、お腹、空いた」
「……ッ。ほんと、もう……春はっ……」
くくく、と声を抑えて、眉尻を下げた由希が片手で顔を覆う。
それを見た潑春が、そんなに面白い事言った?と首をコテンと傾けるものだから、とうとう由希の身体が傾き、腹を抱え始めた。
天然なのか、確信犯なのか。
いつだって他人の事ばかりに気を向ける潑春に、何度こうして助けられただろう。
「良かったよ、ココにいてくれたのが春で」
笑いを収めるためにハァーと息を吐き出ながら笑む由希を見て、潑春も少しだけ口角を上げた。
「俺も。由希が居てくれて、よかった」
ただガムシャラに駆け抜けた今日という日。
晴れやかな気持ちなんてものは微塵も無いし、悔しさもモヤモヤも、苦しさもツラさも全て心の中に居座っているけれど。
「服張り付いて気持ち悪い……、一回由希ん家、寄っていい」
「別にいいけど、フラれたばかりでよく戻ろうと思えるな」
「ん?阻止、するため」
「阻止?」
確かに今日という日。
また一歩踏み出せたのは確かだと思う。
「うん、先生いないし。覚醒した夾が、ひまりを押し倒」
「やめろ、それ以上言うな」
少し足早になった靴の中でグチャリと嫌な音が鳴る。
不快すぎる。濡れた衣服も靴も潑春の発言も。
もしそうだったら、どうする?その話題は辞めろと制したばかりのなのに、潑春は平然と問うてきた。
由希の眉根が更に不快そうに寄って、数秒置いて「処す」と一言。
「同意」潑春が短く返す。
二人分の駆け出した足は、水たまりだって、跳ねる泥だって気にも留めていない。
何となく心が軽い気がして、それを認めたくなくて。
だから今は雨を吸った衣服の重さが丁度良かった。