第4章 蓋
由希に飲み物を聞いて片手にクレープを持ったまま駆けていくひまりの背中を見る由希の表情が少し曇る。
そして同じく2人を見る楽羅の表情も切ないものだった。
「待って待って夾!由希もお茶だってー」
「お前また走ってっとコケんぞ」
さっきまでの不機嫌な表情と打って変わって、夾は走ってきたひまりを穏やかな顔で見ていた。
「そんなドジじゃないし」
「ドジだろーが。廊下で寝るわ、俺に落書きしようとして頭打つわ」
うるさい。とひまりが夾の肩にパンチを喰らわすが、右腕の傷を忘れていた為その振動で逆に自分が痛手を負うハメになる。
右腕を押さえて痛がる彼女を見て、「ほら見ろ」と意地の悪い笑顔を向けた。
ひまりは睨みつけながら手に持ったクレープをまたひと口頬張ると、上げていた目尻を下げてその甘さを堪能する。
そんなひまりを見て夾が「そんなにウマイのかよ?」と不思議そうに、その手に持っているクレープをマジマジと見た。
「美味しいよ!夾食べてないなんて勿体ないことしたねー!」
仕返しと言わんばかりに勝ち誇った顔で夾を見上げる。
すると夾が「ちょっと貸せ」と、少し屈んでひまりの小さな手ごとクレープを引き寄せると、そのままひと口頬張った。
「あっま」と口の端についているクリームをペロリと舐めて手を離す。
ひまりは目を見開いたまま食べられたクレープを見てワナワナと震え出した。
「ひ、ひどい!最後の…最後のバナナ食べたでしょ?!最低!バナナちょっとしか入ってないんだよ?!なんで食べたの!バナナ返せ!」
「返せねーよ。バナナぐれぇスーパー行ったときにでも買えばいいだろ」
「違う!クレープに入ってるバナナとその辺のバナナを一緒にするな!」
「なんだよその辺のバナナって。じゃあまた今度買ってやるよバナナクレープ。今度はアイス乗せで」
「え!アイス乗せ!!ノッた。その話ノったー!忘れないでよ。忘れたら怒るからね」
"アイス乗せ"に釣られて秒で機嫌を直す姿に、夾は頰を緩ませてハイハイと子どもを宥めるようにひまりの頭に手を置いた。